1
「こ、これ……プレゼントだよ?」
 そう言って、俺のクラス一番の美女、唯井薫《いいかおり》ちゃんは俺に虹色のマフラーを包装なしで手渡した。
 ――時が止まったかと思った。

「ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 意味不明な奇声を上げながら、俺は舞い上がる。もちろん即座にマフラーいただきっ。
 
 頂戴しましちゃ☆

 それが、寒いだけで雪も降らない、そんな12月某日のホームルーム10分前、言い換えればホームルームまであと600秒という俺にとっての早朝。

 ………………。

 俺は起きる。
 目の前には腰まで届くほど長い澄んだ黒のストレートヘアー、つんとした唇、小顔、そんな爽やかな感じのカオリちゃんが――いなかった。

 ブサイクさん。
 一応描写しとくと、ブルドッグと豚の合いの子、みたいな?
 無愛想な表情、盛り上がる、というより太った頬、横に細いつりあがった目、見た目ガサガサの肌、でっかい唇、耳は黒ずんだおかっぱあたまに隠されている。

「あ、先生を呼んできますね」
 低い声でブサイクさんは俺にそう声をかける。

 ブサイクさんは綺麗な部屋を出ていった。

 …………で。
 ここはどちらのお宅でしょうか。
 
 俺は確か――
 そこで、頭の中を赤い光が走る。
「あ――――っ」
 
 とっさに口をおさえる。
「うっ……」
 吐き気がする。

 誰かが来る。さっきのブサイクさんだろうか。
「先生!」
 やはり、さっきのブサイクさんのようだ。で、先生とは――

 誰かが俺の背中をさする。
 あたたかい大きな手。
「大丈夫ですよ」
 しわがれた男の声がする。ブサイクさんとは別人だ。

 だんだん、少しずつ、吐き気が治まっていく。
 俺は顔を上げる。

 目に映るは――老人。
 白く染まった短い髪、しわだらけだが、どこかエネルギッシュに見える。

 横を向く。
 さっきのブサイクさん。白い服を着ている。どこかで見たことのある服だ。
 すぐに思い出す。看護師だ。

 また前を向く。
 老人は、白衣を着ていた。

 やっと理解する。
 ここは――病院だ。

「私は、桜田大梶《さくらだおおかじ》と申すおいぼれの医者です。勝手ながら、倒れていたあなたを拾ってきてしまいました。お宅はどこです?」
 老人のくせに、俺をあなたと呼ぶ。

 小鳥のさえずりが聞こえた。
 どうやら窓が開いているようだ。
 しかし、なぜか寒くは感じなかった。

2

 家に着くと、母さんが心配そうに玄関で待っていた。
「ああ、大丈夫? ……よかった。もうどうしようか本当に心配で心配で…………」
「……」
 だったら病院まで迎えに来いよな。

 結局あの後、とりあえず体調は良くなった俺は、そうそう長居するわけにもいかず、持ち合わせもないので、家に帰ることにした。
 金はいい、そう先生は言っていたが、そういうわけにもいかない。
 
 不幸中の幸い、と言うべきなのか。
 俺の衣服に血はいっさい付着していなかった。
 もちろんカオリちゃんからのマフラーも。

 俺の家は二階建ての一軒家で、俺の部屋は二階にある。
 さしてすべきこともなく、それでいて眠る気もなかったので、というより眠れなかったので、俺は自室のコンピュータをつけることにした。

 ボックス型の白いそれは、ブーンと唸り起きる。
 どこか気だるそうにしている。

 俺はインターネットに入り、いわゆるネットサーフィンとやらを|嗜《たしな》む。
 とりあえずゲーム。

 少数の軍隊が、敵の軍を倒す。そんな簡略などこにでもありそうなゲーム。
 半時間ほど、それに没頭する。
 あのことを思い出さないように。

 もうしばらく時が過ぎたころ。
 ビー、という大きなクラクションが鳴り響く。
 俺の家はなかなか入り組んだ所にあるのだが、一方通行やらなんやらで、車が通るにはなかなか面倒くさい面がある。

 その警戒音を追いかけて、耳をつんざくさらに大きな奇音が飛び交う。
 さっきのクラクションが初期微動だったよろしく、主要動と言えるその音が、車と車の衝突音だと気付くには、実際に目にしないと到底理解できなかった。

 母さんが大きな声を上げる。明らかに動揺、興奮……、いい言葉が思い浮かばないが、大きな声を上げた。

 俺は下階へ降りる。手すりのない階段を降りる。
 そこには……おおよそ俺が今まで見た中で一番の惨事と云える、射える情景が――

 二台のトラックが――燃えていた。

 小鳥のさえずりが聞こえた。
 しかしその姿は見えず――
 そもそも小鳥を見ようなんて思わなかった。
 
3
 
 俺はこう見えても私立中学校を通う一生徒だ。ま、トーゼンだけど。
 家から駅で20分ほど行った先に、私立|堂越《どうえつ》中学校というそれなりに綺麗な学校がある。
 ただ、一学年2クラスしかなく、生徒数が一年間につき総勢180名ぐらいしかいないことが難点だが、どうせ多すぎても全員と関われるのは俺の隣席の|問廼《といの》くらいで、両指で数え切れるくらいしか友人のいない俺には関係のない話だが。

 問廼|遺観《ゆいみ》。
 名前だけ聞くだけ聞くと女に間違えられるが、れっきとした男で、俺の数少ない友人のひとりだ。顔が総理大臣並みに広く|(これは比喩です)、しかし実際は小顔で、イケメンの部類に入る、らしい。

 目が悪いのか、眼鏡をスポーツ時以外は掛けている。スポーツはほぼ「万能」で、サッカー、野球、バスケ、バレー、ドッジ等平均以上にこなし、水泳も嗜み、もちろん足も速く、唯一テニスが苦手のようだが、バトミントンはお手の物で、体育の評価はいつも5段階評価の5だ。
 性格も明るく、誰とでも気軽に接し、親切心があり、先生受けもいい。ついでに、参考までに言っておくと、なぜかモテない。
 身長は俺と同じぐらいで165強といったところ。
 
 俺がこうもやつを褒めたてているのには意味がある。理由がある。
 
 目の前にいるからだ。
 やつは、やあ、といった感じで俺に近づいてくる。
 やつは確かに友達が100人できるといいなの次元を超えているが、その中にも「特に仲のいい友人」というのが当然のようにいて、その中に俺はなぜか含まれてる。

「薫ちゃん今日も休んだな」
「…………」
 いきなり女の話を振ってきた。

 カオリちゃん――
 俺に虹色のマフラーを渡した、その日から、彼女は消えている。

 行方不明になっている。
 ――家族と共に。

 まるで、遠くへ行ってしまう前の、プレゼントのように――
 虹色のマフラーは今俺の学校指定の手提げ鞄に入っている。
 綺麗に折りたたまれて――七色を織り交ぜて。

 ちなみに、ここは階段。
 校舎の2階と3階の中腹、の少し上階寄り。
 
「そういえば、お前の家で事故があったとか――」
「ああ、正確に言うと『家の前で」だな。トラックの衝突事故だよ。あれはいいものを見させてもらった」
 ふん、と俺の生意気な発言に反応する。

「で、運転手は?」
「知らねぇ。どっかの病院送りで、後のことは知らねぇ」
 こうも上手に嘘をつく俺に自分で驚く。

 実際は――即死だ。ふたりとも。

「ふぅん、んじゃ」
 問廼遺観は特に俺に用がなっかたのか。
 下の階へ降りていく。

 そのとき――
「おおっと――」
 遺観が体制を崩す。

 しかし、遺観は持ち前の反射神経で手すりに?まる。

「あっぶねぇ!」
 柄になく声を上げる遺観。

「大丈夫か?」
「おお、ダイジョブ、ダイジョブ」
 じゃな、と言って今度こそ遺観は去る。

 小鳥のさえずりが聞こえた。
 どこからだろう、と疑問に思ったが――
 探そうとは思わなかった。