朝早く。
 正確に言うと午前6時24分。

 |鼎渚《かなえなぎさ》という少女。
 |そ《・》|れ《・》が今回のターゲット。

 
「全く……めんどーな仕事また引き受けちまった」
 あいつの頼みはつい聞いちゃうんだよな、俺。
 つぅか、眠い。

 元旦だろうと特にすることのなかった暇人の俺は、あいつからの電話越しの依頼も二つ返事で承諾し、「新年あけましておめでとうございます!」という定型句を叫ぶガキも無視して、電車で小一時間揺られながらこの、面倒くさい都会にやってきた。

 ガキにはお年玉でもあげるべきだったかな、とも思いつつ、歩を進める。

 田舎を好みそこに拠点を置く俺は、「奇人殺し」を仕事としている。
 「人」と言っても、外見だけなのだが。

「ここだ」
 読者のためにとりあえず滅多にしない独り言をしておく。

 そこは、都会には到底合わないいわゆる「屋敷」とやらで、江戸時代からありそうな家持。
 ここに――あれはあるのか。

 数年前のことだ。
 宕森の悪戯好きな妖精たちが、聖夜に人形をばら撒いた。
 人情を持った人形……。

 あいつは、そいつらを消滅すべく、俺をこき使っている。
 なぜあいつが妖精の後始末なんざしているのかは不明だが、なぜ俺も協力しているのか、そちらの方が目下不明。

 ばら撒かれた人形は13体。
 内4つはあいつが始末し、あと8つは俺が始末した。
 そう。残るはあと1つだ。

 それが――鼎渚。
 顔写真をあいつから渡されていた俺は、その風貌を記憶している。

 肩までの黒髪に、真っ白な肌、小さな顔に比例した矮小な体。
 17歳にしては稚拙そうで、だからといって子供っぽくはなく、落ち着いた雰囲気を|醸《かも》しだしている。

 妙にでかい古風な門には、インターホンがない。
 しかたないので、無断で開け、入る。

 やはり妙にでかい庭。
 石が敷き詰められており、日本の伝統庭芸を思わせる。
 そこの真ん中を白石の道が通り、屋敷の戸に続いている。

 いつもならここで|罠《トラップ》が動くんだが――

 何の気配もない。
 敵意がないのか、恐ろしくよくできた仕掛けなのか。
 戸を開ける。

 中には――見た目14歳の少女が、体育座りで顔を伏せ、佇んでいた。

 写真と同一人物。
 俺はあまりのあっけなさに少々驚きつつも、腰に隠し掛けているナイフを握る。

 あいつのような魔法を使えない俺は、こんなものでしか戦えない。

「おはようございます。お掃除の方でしょうか」
 小さな声で彼女は唐突にそう言う。

「チガウヨ」
 なんとなく答える。

「では、私を殺しに来られたんですね」
「殺すんじゃない、壊すんだ。君はそもそも生きていないからね」
 彼女は平淡と問い、俺は簡略に答えた。
 
 雛人形を思わす着物を着た彼女は、そうですか、と淡々と呟き、それでも体制を崩さない。

 数分の静寂。

「なぜ、壊しにこられたんですか」
 唐突に消え入る声で彼女は訊く。

「なぜって……君が異端だからだよ。異端は周りから拝まれるか、恐られるだけなんだから。で、君は妖精に作られた『人形』だ。本来人形は人並みの生活を送っちゃ駄目だ」
「なぜですか?」
 即答、ならぬ即問。

「そうだな……。これはある魔法使いが言ってたことだけど、妖精の悪戯は早めに後始末しておかないと後で困る、らしいんだ。人形だろうが何だろうが知ったこっちゃないけどさ、君は妖精に創られたんだから」

「…そうですか」
 不思議だ。

 これまでの8体は最初から自分を理解していた。
 そうして、お喋りするまえに攻撃をしかけてきた。
 それなのに|鼎渚《かのじょ》からは敵意というものが感じられない。

 どうでもいい、という感じ。

 |美鬨《みとき》みたいなやつだ。
 美鬨は生きていること自体面倒だとか言っていたっけか。
 
「死ぬのが怖くないのか」
「人形ですから」

 彼女はやっと顔を上げる。
「こう100年生きてきましたが、やっとお迎えが来たのですね」
 笑顔で、そう言ってのける。

「100歳以上、か。そりゃそれでその姿じゃ異端だよな……」
「はやく殺してください」
 また彼女は顔を伏せる。

「疲れました。生きるのも」
 
 うーん、とだけ考えて。
「いやだね」
 俺は言ってのける。

「え?」
 彼女は顔を上げる。
 うん、活き活きとしたその顔にはしっかりと「生」が見受けられる。

「きっとあいつがミスったんだろ。妖精がばら撒いたのは1、2年前だ。姿が年以上になるのは魔法で十分ありえるが、記録はどうにもならんだろ。100年以上前に生まれた君はたぶん別件だな。だったら俺が殺す意味はない。ないんだったら逆に殺したら罪だ。だから――

 俺は君を殺さない」


                    ■              


 ガタゴト。
 電車は揺れる。

 家までは結構かかるから、とりあえずあいつの所へ行くか。
 
 俺の横には17歳の少女がいる。
 見た目13歳、自称100歳以上。
 
 戸籍とか見た目はどうにかなるだろうが、それを阻止する情報があるゆえ、殺すわけにはいかない。
 あいつが勘違いしたんだろう。
 そう信じあいつの家へ向かう。

「…………」
 先ほどから|鼎渚《かのじょ》は拗ねたように口を尖らせ、俯いてる。
 もう中学生にしか見えない。

 ガキが見たらどう思うだろう。

 そこに、なにかクラシックが聞こえる。
 あ、俺の携帯の着信だ。

「趣味悪っ」
 中学生がそっと呟く。

「む」
 電話はあいつからだった。

「もぉしもぉし。お元気ですかー? もう仕事完了しましたかー? 遅いよぉー」
「…」
 うぜぇ。

「おい。お前ほんとに合ってたのか? 人違いのようだが」
「はぁ? わたしに間違いはありえないってぇの」

「とりあえずそっち連れてくから」
 早々と電話を切る。口論は面倒だ。

「あの……」
 困ったような顔で俺の袖を引っ張る者がいた。
 まあ、横の中学生だけど。

                    ■            


「で、こいつ」
「ん? あ、そうそう。それが13個目。鼎渚」
 あいつは当たり前のようにそう言う。
 
「大嘘つきの渚ちゃんって、有名じゃん」
「いやしらねぇよ」

「んじゃ今言ったの。まぎれもなくこれが13個目。妖精製の異端人形。まったく、あんたロリコンなの? まったく」
 ファン、と光が走る。

 気付けば渚は息を引き取っていた。
 安らかに。

「これはね。|記録疾病体《レコードブレイカー》っていって、これまでの中で一番やっかいな人形なの。嘘を現実にする危険なやつなんだから。あんたは簡単に騙されてたの」

「だからって……こんなあっけなく殺してしまうなんて……」
「あんた情が移っちゃた? これは人形なんだよ。殺すんじゃなくて壊すんだよ。欠陥製品は回収するのが企業の責任なんだよ。PL法を知らないの?」

「お前が創ったんじゃない」
「……………………いいじゃない」

 そっぽを向いたようにあいつは自室へ戻っていってしまった。

 腑に落ちないが、こうして数年間の厄介事は終了したのであった。
 


                    ■

「師匠! おかえりなさいませです」
「おう。ほら、お年玉だ」
「わお! 感謝です!」
「うん」

 ガキ。
 3ヶ月前から俺の家で居候している12歳のこのガキとも、それなりに分かり合えてきた。
「今日もお話を聞かせてください」
「うん? いやだ」

「う~ん、そう言わないで~どうかお願いしますよ」
「いや。本当に話すことはないんだ。話しても納得しないだろう」

 ガキはう~ん、とだけ唸って。
「分かりました。話したくなったら話してください」
 と言って手にした封筒の中身を確認しだした。

 今度礼儀を教えないとな。敬語もあやふやだし。

 俺の新年はこうして始まった。
 終わった仕事はほっておいて、俺は新たな仕事を探さなくては。

 どこからか銃声が聞こえた。