「|印《いん》? それが名前なのか?」
「ああ、その一文字で姓名両方具えている。いわば、印の「い」が名字で、「ん」が名前なんだろ」
「ふぅん、これほんとに名前なのか?」
「たぶん相続名だろう。ほら、有名な由緒ある刀鍛冶の名前を受け継いで、○○3世、とか」
「ああ、そうか。だったら姓名合わせて一文字でもいけるわけか。名字と一緒に名前も受け継がれていくんだからな。この前のンタル・イルみたいなのだと思ったけど」
「この前の、て結構前じゃないか。私とあんたが会ってすぐの再生魔のことだな。あれはあれでどっかの国にあるだろ、たぶん」
今から数ヶ月前、|美鬨《みとき》とあいつがある人形を倒した。
その人にとてもよく似た人形は、赤紫の両腕をもち、それが異端の諸源であった。
そいつに美鬨は殺されたらしいが、あいつがすぐに倒した。
その人形の名が、ンタル・イルというそうだ。
いや、商品名よろしくの総称のことではなく、人でいう姓名。ペットでいうニックネーム。商品なら商品番号といった、その人形の「名前」が、だ。
ちなみにその後あいつが俺の目の前で左腕を失いつつも倒した人形の名は|技稿運鳴《ぎこううんめい》というバリバリ日本人名だったが、それは余談。
倒した人形の遺体ならぬ、壊体には、必ず、これまでは首元に名前が記されていて、それを参考にしているのだが、これも余談。
とにかく、あいつは人形を探し出すとき名前も探すようになった。
そうして、今回が7体目、印という名の人形を壊しにいく。
俺が。
―-俺が?
俺が――
以前あいつは4人目を壊してから、人形を探すだけで動くのは俺の仕事になってしまった。
5人目の、|唄山礼《うたやまれい》を壊したことで、それなりにあいつは俺を信頼してくれているらしく。
ま、儀手が片手から両手になったのがいけなかったかな。
「んじゃ、行ってくる」
俺は重たい事務所のドアを開け、出る。
「帰ってこなくていいよ~」
あいつはおどけた風に言う。
印。
それが今回のターゲット。
■
ある片田舎、古い民家がよく似合い、昭和を思わせるような電柱が立ち並んでいる。
その一角、その中でも一層「古」を連想させる面宅。
そこに、印はある。
…………この文面だけ切り取ったらなんか魏志倭人伝とかの金印をめぐる争い、的な内容っぽくね?
名前面倒なんだよ。キーボード打つの楽だけど。
その農村を思わせる家にはインターホンというものはなく。
代わりにロンドン映画とかで見そうな鉄輪が木製のドアに取り付けられていた。
……あれだ。これをドアに打ち付けてインターホンの代わり、的な?
て、ことで実行。
鉄輪に触れる。
「ああアアアアああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァア!!!」
ごめんなさい、叫びました。
俺の体は後方に吹っ飛ぶ。
あいつの持たせてくれた色玉が役に立ったようだ。
普通なら死んでるな。
その鉄輪には、高圧電流が流れていた。
怖い怖い。
いきなり|罠《トラップ》かよっ!
ここの住人みんな立ち寄れねぇじゃねぇか!
と、まあそれはともかく。
いや、随分と辺りが静かだ。
民家はたくさんあるのに、人ひとり、猫一匹見ない。
……ここで猫を比喩に使う者の気持ちが分からない。
ま、それはともかく。
てかギャグパートかよっ!
てかどこがだよっ!
おっと、独りボケ突っ込み自粛。
「鉄輪を触らなけりゃいいんだろ」
周りのことは後で確認するとして、今重要なのはここ。
俺は、あいつ特製の長い鉄拳を構える。
真っ直ぐ、前の方向へ。
その前の方向には、ドア。
戸、という表現の方が正しいかも。
赤みのかかった、ペンキのかすれた木製の扉。
それを――突き破る!
掛け声はいらない。
「おるりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ま、いるっちゃいるけど?
ばき、めし。
剣が扉に食い込む。
ばきばきっ、めしめし。
こうして、俺は得体の知れない家へ侵入したのだった。
不法侵入とか言わないで!
■
ちくしょう。
本来ならここらで「次のページへ続く」て感じなのに、短編がゆえに次数が多くなりそうだ。
てか俺はなに喋ってんだろうね。てへ♪
てへ、じゃねぇよ!
てかまた独りボケ突っ込み……。
最近分からないことがある。
血吐くシーンて、年齢無制限でいけるよね、て。
分からないわけではないけど、微妙?
てか、そんなことないよ、うん。
さあ、やってまいりました。
目の前にいるは、白髪のご老人。
さあ、どーゆーことだろうね。
杖をついて佇んでいるその男老は、にやにやしながら俺をみつめていた。
「あんたが……印か?」
俺は訊く。
老人は、静かに首を横に振る。
「ここは……、印の家で合ってるよな」
俺はまた訊く。
老人は、静かに首を横に振る。
まるでビデオを見直しているかのように、その行動には不規則性がない。
「じゃあ、ここは誰の家なんだ?」
俺はさらに訊く。
老人は、静かに首を横に振る。
よく見ると、その首には、「|静耶其穏《せいやそれおん》」と黒い字で書かれていた。
「別の……人形か」
俺は剣をなびかせ、そのまま老人の首を飛ばした。
老人はもう、うごかない。
動くとしたら、重力に従って倒れる今この瞬間だろう。
ま、あいつがミスったんだろう。
7体目は、印ではなく静耶其穏という人形だった、てことでいいか。
にしても、あれの「異端性」はなんだったのだろう。
俺は、事務所へ戻ることにした。
結局、その町で人を見ることはなかった。