1.俺と吸血鬼(前)

「よぉ、お前が奇人殺しか」
 皮肉にも、向こうから声をかけてきやがった。

「よぉ、お前が吸血鬼か」
 皮肉だが、俺は遅れて返事してやった。

 くくく、と吸血鬼は笑う。
「とりあえず、先に言っておくが、俺はテメェと戦う気なぞ、これっぽっちもねぇぞ」
 シニカルに吸血鬼は笑い、言う。

「は。そしたら俺はなんのなめに来たってんだ」
 俺は答える。
 俺は笑わない。

 古い大木の枝に寝転んでいた吸血鬼は、やっと下の俺を覗く。
 俺はやっと吸血鬼の顔を拝む。
 その顔は、想像通り、ニヒルな顔立ちだった。

 そして、シニカルに吸血鬼は言う。
「何って、あの赤毛の魔法使いちゃんに踊らされてるだけじゃねぇかよ」
 それとあいつは、すぐに接がった。


                    ■


「おお! じいちゃん発見!」
 俺はあまりの嬉しさに背中の吸血鬼のことも忘れて焼き芋売りのじいちゃんに走りよる。

「ははは、また会ったの、若者」
 しわがれた顔でしわがれた声を飛ばすその姿はとても元気に伺える。

「あれ、じーはこいつ知ってんのか?」
 俺の後方から聞きなれない声が飛んできた。
 俺はそれに直撃し、とっさに振り返る。

 左目を隠す漆黒の髪に、ニヒルな唇、奥の透き通った真っ黒な瞳、耳は黒髪に隠されおり、背丈は俺とほぼ同じ、上下真っ黒な服を着こなした、とりあえず黒い容姿。
「あ、いたのか」

「『いたのか』じゃねぇーよ!」
 お、吸血鬼が突っ込んできた。
 突っ込み担当か? そうなのか?

 そんな真っ暗な影みたいな姿で突っ込むな!
 つぅか俺とキャラ被るだろっ!

「ん、じいちゃんと吸血鬼は知り合いなのか?」
 ふと、とりあえず疑問を口に出す。
 吸血鬼って言い方はマズかったかな……。

「おうよ。じーは俺の師匠様様様だぜっ」
 バッチグー、て感じで親指を上に立ててグッと差し出す。
 あ、いや。吸血鬼が。

 
「へぇ、んじゃ、もしかしてじいちゃん俺が吸血鬼探してるって言ったときもう分かってたのか」
 また素朴な疑問を口にする。
 
「うむ。楽しそうじゃったから放っておいたが」
「そりゃないぜ」
 なぜか俺の代わりに吸血鬼が答える。

「で、俺と戦う気はない、てどういうことなんだ?」
 俺は訊く。これが今一番訊くべきことだろう。

「そんなの、さっき言った通りだよ。お前は赤毛の魔法使いに踊らされてんだ」
 呆れたという口調で、吸血鬼は言う。

「だから、その意味がわかんねぇってんだよ」
 俺は反言する。

「オウギちゃんは嘘つきだからのぅ。まぁ何か目的があるんじゃろぅが、で、若者よ。どうしてオウギちゃんと絡むことになったんじゃ?」
 口調からしてお分かりだとは思うが、じいちゃんが唐突にそんなことを言ってきた。

 焼き芋の車に乗ったままだ。
「オウギちゃんってあいつの名前か?」

「んいや、おそらく本名じゃなかろう。が、わしらはそう呼んでおる。呼称がないと不便なもんでな」

「んで、お前はどうして赤毛と知り合ったんだ?」
 今度は吸血鬼が口を挟む。
 段々声が弾んでいる気がするが。

「妖精の人形に、大切なやつを殺された――」
 俺は途切れ途切れ、思い出しながら前路を辿る。

「その死体を見たのか?」
 吸血鬼がすぐに質問を投出す。

「いや、そういえば見てない……」
 それを聞いてほらな、と吸血鬼は得意げな顔をする。

「それに、本当にそれが人形なのかも微妙だ。赤毛の話は8割以上が嘘だと言っても過言じゃない」
 吸血鬼は続ける。
「その妖精ってのも、架空の生物かもな」

「いや、妖精はおるぞ」
 じいちゃんがまた口を挟む。

「分かってるよ、じー。これは仮定的直喩法とか言って――」
「そんなものなどない。よし、妖精を拝みにいくとしよう」
 そういうと、じいちゃんは車を動かす。

「おい、連いてこい」
 窓際にじいちゃんは言う。

 うぃーっす、と吸血鬼は走る。
 よく分からん展開だが、俺も走ることにした。

 一応言っておくが、これは町中での話である。
 いや、住人はいないらしいが。
 
2.俺と妖精(上)

「ここが、宕森か……」
 思わず俺は声を漏らす。

 濃い緑が生い茂り、それを助けるように木々が影をつくる。
 そこを背景にするように、数ものオオムラサキが飛び交っている。
 タテハチョウ科最大の蝶が、それはもう「大量」という単語が似合うほど。

 そこに、一人の女性が座り込んでいた。
 肩まで伸びた黒髪に、つんとした顔立ち。どこか気だるそうな口元と、目。
 
 俺はそいつに駆け出す。

「|美鬨《みとき》!」
 その声に反応して、彼女がこちらを向き、顔を温める。
 彼女もこちらへ駆け寄ってくる。

 俺と彼女は、抱――
 ふぁん、と蒸気のように彼女の体が消える。
 とっさのことで、俺は空気に抱きついているような格好になってしまった。

「???」
 俺は何がなんだか分からず、そこに留まる。

「妖精だよ」
 後方から声がした。
 聞きなれない声だ。

 俺はふと振り向くと、ニヒルな吸血鬼がいた。それと焼き芋売りのじいちゃんも。
「妖精が若者の頭ん中見て、それを幻覚として見せたんじゃよ」
 じいちゃんが言う。

 そうか、ここが、宕森。
 ――宕森の妖精が、人形をばら撒いた。
 そう、あいつは言ってたっけ。

 ところで「宕森」ってどう読むんだ?
 ま、いいか。

「その、『美鬨』ってやつのこと、心から想ってるんだな」
 優しげな口調で、吸血鬼には似合わん口調で、ニヒルな顔は言う。

「ああ、だから――」
 
「だから?」

「俺は、人形を壊してたんだ」
 闊歩気味な魔法使いに、力を貸した。その理由。

 そうだ、美鬨のためだ。
 美鬨のために、俺は「奇」を――

「さて、行くとするか」
 じいちゃんが言う。
 既に車は降りている。

「行くってもしかして」
 吸血鬼がじいちゃんに問う。

「ああ、妖精に会いにいくぞい」
 

3.俺と妖精(中)

 俺たちは宕森を進む。
 人のために設けられた道など見受けられず、大木の大きな根を乗り越え、倒れた大木を乗り越え、茂った草を掻き分け、とにかく進んだ。

 じいちゃんみたいな老人にはキツい道だろうが、じいちゃんはそんな素振り全く見せず、森の奥へ突き進んだ。
 
「そーいや、お前。なんで|吸血鬼《オレ》を探しに来たんだ?」
 枝を掴み、高く積みあがった倒れた大木を乗り越え、吸血鬼は訊く。

「なんでって……あいつが行けっていったからだよ」
 そのままのことを俺は返す。

「理由は訊かなかったのか?」

「ああ、別に毎回俺は理由なんて訊かねぇよ」
 
「ふぅん。あ、その枝、棘あるぞ」
 俺が掴もうとしていた枝を指差す。

「ま、13体解決したのを期に、止めてもよかったんだけどな」
 礼を言う代わりに俺はそう言う。

「ま、解決してねぇけどな」
 吸血鬼は笑う。
 
 俺は笑えない。
「解決してない?」

「もうすぐだ」
 じいちゃんが声を荒げる。
 いや、怒っているのではなく、単に疲れているのだ。

 もうすぐ。
 横たえた大木を乗り越えると、そこだけ切り取られたような広間があった。
 木は一本も立ってない、それにより日が差し、草も刈り取られている。

 そこに木製の椅子がぽつんと置かれている。誰も座ってはいない。
 そもそも広間に伺える生物はゼロで、そこには「無」の寂寥感と、「日差し」の暖かさが、妙に織り交ざっている。

 その中心で、ぽん、と椅子が佇んでいる。

「ここだ」
 じいちゃんは誇らしげに言う。

 その誇らげの割には、ここからは何も見受けられなかった。
4.俺と妖精(下)
 と、そのときだった。

「ふふふふ…」
 幼い子供の笑い声がする。

 俺はあたりを見渡す。
「ふふふふ…」
 声はするのに、どこから聞こえるのか分からない。

「なんだ?」
 あたりを見渡す。
 自分で言ってなんだが、その様子は犬のようだ。

「これが、妖精だよ」
 吸血鬼は、そっと、手のひらをかざす。

 かすむ影。
 吸血鬼の手の平に、|それ《●●》はいた。

 あえて形容はしないのが吉だろう。
 
「これが……妖精」
 そっと、それに手をかざす。

「触るなよ」
 じいちゃんが止める、声で。

 形容しがたいそれは、まるで小人のように人似で、それでいて人とは相容れない動物性があり、
だからといってヒトも動物なんじゃないかっていう愚問が飛び交い、ただ、いた。

「ふふふ…」
 笑い声のように聞こえたその鳴き声が、この広間がまるで囲まれているかのように響く。
 内響する。
 中廻する。

 まるで、大群に囲まれた気分だ。

「少し」
 じいちゃんが言う。

「話をしよう」
 吸血鬼が言う。

「赤毛の、魔法使いについて――」
 2人から、俺は真実を聞いた。

 
 
 
5.俺と吸血鬼(後)

「もう、帰るといい」
 吸血鬼は言う、優しい声色で。

「つまり、その規則性に則れば、あいつの倒した一人目の名字一文字目が『に』になり、名前頭文字『ら』になるんだな」
 
「ああ、そのはずだ。それが正しければ、魔法使いは――」
 
「んじゃ、さっさと帰るとしよう。また、縁があれば会おう」
 荷物をまとめる。もとから使ってないので、まとめるも何もないが。

「縁があれば、な」

 それが別れの挨拶なんだと、分からなくても理解した。

 じいちゃんの焼き芋の匂いが漂う、この近くにいるのだろうか。
 あの味は国宝物だな。

 またここに来なくては、あの味を再認するために。
 今度は天皇陛下でも連れてくるか。
 絶対じいちゃんは人間国宝になるだろう。

 そう、思いを巡らせながら、振り返らず、俺は帰る。
 くくく、と笑い声がした。
 
                    ■


 暇つぶし。
 あいつの住む事務所までは、この電車で約2時間かかる。
 することもない、んならそんな時間潰すまでだ。
 
「……」

 だからといって暇つぶし専用機なんてあるはずもなく、俺は頭を動かすことにした。
 今までの体験を思い出す。

 あいつと会って間もないとき、あいつは左腕を失いも|技稿運鳴《ぎこううんめい》を壊した。
 異端の点――異端者の弱点であり強点、つまりは異端の部分――|印《いん》は「人形の点」と呼んだ、それを潰して。
 その後、あいつは死闘のすえ両腕を失い――右腕と、儀手の左腕――世々木聖子を壊す。
 いや、あの吸血鬼の話を聞いた限り、やはり「殺す」という表現が正しいのか。
 怪我に懲りたのか、あいつは残りの人形を俺に押し付けて、結局残りの9体、いや、9人を殺したのは俺になるわけか。

 その後、俺はあいつの言うとおり、5人目、|唄山謂兎《うたやまいう》を殺した。
 それで信頼したのだろう、あいつは事務所で人形を探すだけになった。

 匂い、だっけか。
  
 その後に、|幟《のぼり》をねる、|静耶礼穏《せいやれおん》、印、|山茶花尊孜《さざんかそんし》、|雲間雲間《くもまうんかん》|鹿須洲屡痲《しかすするめ》、|矢戸留美《やとるみ》、そして、|鼎渚《かなえなぎさ》。

 こうして俺が殺した人形たちの名を羅列する。

 殺した、んだよな。
 壊した、のかな。

 なぜか、あいつよりも吸血鬼の方が信頼できてしまうのは、じいちゃんの焼き芋のせいなのか。
 そうだ、印のこともある。

 あの男も、言っていたんだ。
 名前の重要性。
 名前の――規則性。

 あの男は、全てを判っていたんだな。
 それなのに、俺はあの男を殺したんだ。

 あの男は――殺されたんだ。

 急速、か。
 俺はこの電車の中廻を眺める。
 
 ならば、終わらせるべきだろう。
 そうだ、ひとつ確認することがあるのか。

 あいつに、電話をかける。
「何?」
 いきなり不機嫌なもしもし。

「あのさ……人形の、1体目の名前って分かる?」
 自然、口調が柔らかくなるが、勘付かれないように。

「うん? ああ、えっと……調べてみる」
 ぷつん、通話は切れる。

 まだ、到着まで1時間。
 少し、仮眠に入ることにした。