「若者よ、お前は命をどう定義する」
 印は、そう私に問うた。
「んなもん、答える意味なんてあるのか」
 ぶっきらぼうに、俺は答うた。
「いや、おそらくはそれが正解だろう。一般的に。だが、命とはリレーだと、私は考えている」
「リレー? 運動会でよくあるあれか? どこが?」
 ひとつの台詞にぎもんしを3つ散りばめると言うのははたして適正かと心見考ぐいていたところだが、印は話を続けた。
「命は、いわゆるスポーツなのだよ。転べば負ける、止まれば負ける、走ったとしても遅ければ負ける、そういうものだ」
「逆に言えば、速けりゃ勝つのか」
 ふぅん、と印は俺を見据える。
「例えば、若者よ、お前が殺した同胞たちを1から13の現れた順に並べてみよう」
「1から13って……まだあんたで8体目だよ」
「まず、その『体』という呼び方から改めるべきだな。お前は人を『体』と数えるのか。それはなかろう、判る。お前はいつも『人』と数えているはずだ。ならばその規則に則るべきである」
「規則、ね。だが、お前ら人じゃないだろ」
「もちろん、我々を人と呼ぶにはいかんせん無理がある。しかし、外見上は人であり、こうして人と会話ができるのならば、人でもいいのではなかろうか。お前は妖精を見たことがあるか、ああなかろうな。あいつらは人と会話できない。だから忌まわれるだけだ。あるいは拝まれる、か」
 だんだん台詞長くなってるなぁ、と思いつつ。
 俺は問うた。
「だったら、ロボットは人か?」
「ああ、その規則に従えば、ロボットは人だ」
 男は答うた。
「で、なんで規則規則なんだ。不規則なやつらはどうなるんだよ」
 また、俺は訊うた。
「そもそも、その考え自体に誤りがあると認識すべきだろう。咀嚼、とでも言うべきか。噛み締め、それを深く理解する。例えば――円周率。あれは不規則だというのが通説、いや、定義となりえているが、実際はあれは循環小数だ。気付きにくいが、あの数字の並びにも規則性がある。質量矛盾や、タイムパラドックス、光速を超える走り。すべての物事には原因があり、そして規則がある。規則があればそれは物事であり、物事でないものなど存在しない。おそらく『神』も現象のひとつとして証明できうるはずだ。世界の根底も、光を曲げるブラックホールも、すべてを証明してみせる。それが――」
 一瞬男は躊躇った素振りを見せ。
「いや、これは私事だ。話が逸れてしまったな。どこまで話したか…………。そうだ、我が同胞の規則性だ。名前の羅列。そこに、今回の答えは眠っている」
 謳歌するように、男は実際謳う。
 謳うた。
「いやはや、ここは曙が暗い。他へ移るとしよう」


                    ■



 創造原理。
 一期一会。
 百戦錬磨。
 交通安全。
 そんなありふれた四字熟語のはずだった。
 しかし、そんな序の口を、男が口にするはずなかった。
「巧言聾戯、人形解示、魔力行使、奇体絡資。おそらくはお前はこの見たこともないような四字熟語と何度も触れ合うことになる。私には弟子が二人いて、どちらも|女子《おなご》なのだが、一人は私の真似をするからすぐに気付くことだろう。もう一人が、そう――名前を使う」
 このおしゃべりの口は止まることはなく、俺は曙を拝んだ後でも、いわゆる夕日を拝むまでこいつの話を聞かされた。
 印。
 という名の人形は、どうやら順序を守るために、あいつの匂いから逃れ、|静耶《せいや》をあの屋敷に置いたと自供した。
「はっきり言わせてもらおう。女子はかわいい」
「は?」
 このような会話があった気がしないではないではないではないではないが、そういえば俺はこいつを壊しにきたんだっけ。
 その旨を伝えると、男は意外にも簡単に承諾し、なおも喋り続けた。
「だがその前に、いいたいことを全て言わせてもらう。いいだろう、私の生まれ故郷では死刑囚は死ぬ前に願い事をひとつ叶えられたそうだ。故に、私にもその権利はあろう」
 自分を死刑囚に喩えるのはどうかと思うが、俺は承諾する。
 もともとあいつの依頼で動いてんだ。
 自分自身に私情はない。
「13人の人形の、秘密を教えてやろう」
「その確実性は」
「ああと、半割以上だ」
 こほん、とわざとらしい咳払いをして男は言う。
「あの人形の名前のことだ。つまりは、規則性だ。その種明かしと洒落込もう。
 まず、一人目の名字の頭文字を置く。次に二人目の名字頭文字をおく。つぎに三人目、四人目と頭文字を接げていく。十三人までいけば、そこから一人目の、今度は下の名前の頭文字をおく。つぎの二人目、三人目……。こうすれば、答えは見えよう」
 誇らしげなところ悪いが。
「お前でまだ八人目だって言っただろう。なにラスボス気取りなんだよ」
「いや、運命の修正能力は恐ろしいもんだ。もしかしたら治癒能力というのかもしれない。答えは常にひとつだ。運命のおかげで、算数の答えはひとつになっているということを、お前は知らんのか」
「ああ、わぁった分かった。覚えとくよ」
 


                    ■


 電車はあと10分程度で着く。
 吸血鬼との会話と印との会話、双方を照らし合わせる。
 二人目から十三人目の名前は把握している。
 一人目の名前が、姓が「に」から始まって名が「ら」から始まっているのであれば、皮肉にも敵役の言ってたことが真実で、仲間役が嘘をついていたことになるのか。
 いや、嘘をついたわけではないか。
 すると、どこからかクラシックが流れてきた。
 ああ、俺の携帯電話だ。
「もしもし」
「分かったよ」
 いきなりあいつはそういうと、人形の名を述べた。
「|匂ノ宮蘭次《におうのみやらんじ》」
「………そうか。ありがとう」
 チェックメイト。
 同時に、電車が停まる。
 到着した。
 そろそろ物語を終えよう。