「さて、そろそろ本題に入ろうか」
 なんとなく、俺は印の真似をして、上から目線上から口調を通してみた。
「なんで上からなのよ」
 いきなり睨まれた。
 先ほどまであいつとコーヒーについて語っていた(語られていた?)俺が参上します。
「俺、今頃思うんだけど。|鼎渚《かなえなぎさ》がさぁ、トイレ行きたいって言ったんだよ、電車の中で」
「あそう、それがどうしたの」
 冷えたコーヒーを飲みながら、あいつは言う。
「ああ、ただ人形がトイレってちょっとおかしいかなって」
 呆れたように、あいつは言う。
「だから、言ったでしょ。あの人形の能力は『嘘』。あなたから逃げようとしてたんじゃないの?」
 そう言うと思っていた。
 俺は思握済みの台詞を吐く。
「お前は『嘘を現実にする』って言ったんだ。つまり、その『トイレへ行きたい』という嘘が真実になるんだろ? 真実ってことは、人形がトイレに行きたい、ていうのは事実。そうだろ。んなら、本当に鼎が人形なのか疑いたいところだが」
 すこし台詞が長くなっちまった。
「………………」
 反論する気はないのだろうか、あいつは無言を貫き通す。
「今思えば、13体とも人形にしてはどう見ても『人』だし、どう話しても『人』だった。いままで訊いてなかったが、お前はどうやって人形を探してたんだ? 俺は『匂い』としか聞いてない」
「………………」
「なんか話せよ」
「………………」
 じ、と頭を斜めに抱えながら、あいつは俺を睨みつける。が、依然三点リーダを並べる。
「で、本題に入らせてもらうが」
 先ほどの台詞を思い起こして出す。
 少々言い方が変わった気がしないでもないが、おかしなものだ。
 数ヶ月前のあいつの台詞は覚えていたのに、ついさっきの俺の台詞は曖昧だ。
「このコーヒー」
 俺は言う。
「なんで――冷えてるんだ?」
 決定的愚問、とでも思ってるんだろうな。
 だが、その次、あいつの台詞こそ愚答。
「そんなの、コーヒーだからじゃない」
 当たり前のように、当然の如しあいつは言う。
「コーヒーは冷たいものよ。ホットコーヒーなんて高級品、私はいらないわ」
 うん。少しズレたが、大筋は思握と同じだ。
 ならば、思握に従えばよい。
 いや、少し寄り道するべきか。
「ふぅん。なら、ホットコーヒーを淹れてくれないか。お前の魔法で」
「やだよ。温めても結局はすぐに冷めてしまう。そんなの作る意味ないでしょ。ついでに、『魔法』じゃなくて『魔術』」
 ふん。
「その言い方だと、作ろうと思えば作れる、そういうことだな」
 寄り道して正解だったか、筋道がはっきりと出来ていく。
「うん、できるっちゃできるよ。コーヒーメーカーは壊れてるけど、魔術でなんとかできる」
「話を変えよう」
 唐突に筋道変換。
 追い詰めるスキル、テクニックだ。
「『人形の製作者から妖精を連想するな』」
「?」
 少し含みを持たせて、俺は言う。
 言ってのける。
「13|人《●》の人形たちが、俺へ残した、真実の伝言、さ」
「?」
 ここから、一気に話を進める。
「全く、俺は騙されたよ。いや、お前も騙されてたことになるのかな。それは知らないが、俺は人形を間違えていた。ほんと、間違えてたよ。あの13人は確かに人形だった。でも――

 妖精に創られたわけではなかった。

 あの人たちは、ただ存在した、罪なき『異端者』だったんだよ。で、それを壊すべきと考えたやつがいたわけだ。異端そのものが罪だと」
 一旦台詞を止める。あいつの様子を見るためだ。
 明らかにイライラしている。
「さっきから聞いてりゃ勝手なこと言いやがって」
 口調が男勝りになった。
 そろそろ怒るかな。
「まるで、懺悔だな。『人形』に罪はなく、『奇人殺し』のあんたが罪人だってことか?」
「ああ、そうだ。俺は自分が間違ったんだと思う」
 ぐぅ。
 あいつが歯軋りする。
「ところでお前、魔法なんてできないんじゃないか?」
「は?」
「俺が思うに、いや、実際に妖精を見て感じた。妖精が創った人形は、あの13人なんじゃなくて――お前なんじゃないのかと」
「あんたは――」
 激怒したよううだ。立ち上がって酷い見幕でこちらを睨んでくる。
 コーヒーは放射状に机を広がり、ぽたり、ぽたりと床に落ちる。
「じゃあ――お前の名前は何だ?」
 がたん。
 あいつが椅子に座り込む。
 落胆したように、絶望したように。
「お前、自分の名前が分からないんじゃないのか?」
「………………」
 そうだよ。
 あいつは小さく呟く。
「いつからだったかな。|本《●》|者《●》|の《●》|私《●》|と《●》|偽《●》|物《●》|の《●》|私《●》|が《●》|入《●》|れ《●》|替《●》|わ《●》|っ《●》|た《●》 。それから、私は魔法ができなくなった」
 本者と、偽物。
 者と、物。
 情のある人形。
 偽物は魔法ができない、当然のこと。
 異端を壊す、それを正義だと信じていた少女は、自分こそ異端だということに後になって気付いた。
「たぶんさ。これは予想だけど。お前、自分を本者だと思っていたんじゃないのか。フラッシュバック、てやつで、今になって過去が改変されたんだと思う」
「………………」
 妖精はどうも恐ろしい生き物のようだ。
 人と瓜二つの人形を創り、ホンモノのそれとすり替える。
 すり替えられたホンモノは、捕食でもするのだろうか。
 いずれにしても、妖精といえど動物だ。
 人間を恐れ、気付かれないようにニセモノを用意するだけ、知能があるといえよう。
 これにて、物語は終わる。
 いや、実は続きの物語があったりするのだが、それは今語るべくことではないだろう。
 インターホンが鳴った。