2016.10.16
お題「100」

 小学校のチャイムが鳴った。「はーいみんな席につきましょうねー」先生がドアをがららと開ける。クラスメイトたちが黄色い嬌声を上げながらきゃっきゃと各自の席に動いていたが、ブロントは動かなかった。休み時間の間も、ずっと席に座っていたからだった。
 ブロントはいつだって孤独だった。教室の片隅で本を読んでいる少年だった。「ブロントくんも、本を閉じましょうね」先生に注意される。
 ブロントの願い。それはきっと、達することもなく終わってしまうだろう。そんなのは嫌だ。でも、どうすればいいのかわからない。
 ブロントは本を閉じ、羨ましそうに教室を見渡した。ブックカバーにはおにぎりのイラストが描かれていた。




2016.10.19 1回目
お題「カメラ」

 どうか私に笑顔を向けないで。その汚らしい笑みを。
 目に焼き付かれる、永遠にアルバムの中で、空っぽの。
 人工的な表情は要らない。

「ったくよー。ティンクはいつもブアイソだなー」
「別にいいじゃない。元が可愛いんだし、絵になってる」
「でもよー」

 ブロントとマゼンダが言い合っている。
 空気に触れて。吐き出され乾燥した完成品。人工物は、アルバムの。

「あ、こらあんたが貼るんじゃないわよ」
「えーなんでー」
「この不器用」

 ボードに貼られた私の顔と。二人の顔と。
 私の目が捉える世界が、なによりも、素晴らしいことに。
 二人はまだ気づいていない。




2016.10.19 2回目
お題「老人」

「昨日のマクガフィン見た? あれやばくない? 思わないミドリも?」
「あーしバイト」
「録画してる的な?」
「つーかドラマは見ないつーか?」
「なんで? 面白いのに見ないともったいない的な感じじゃん?」
「ドラマ見るよりー、お金稼いだほうがよくなーい? って感じ?」
「お金はママからせびればいんじゃん?」
「ちょっと自立的な? 親に頼ってばかられない的な」
「それ偉いじゃん。自立思考型?」
「なんそれ」
「マクガフィンのAI」
「つーか見てないし」
「なんで自立?」
「だって……親もそのうちだし? あーしらもいつか」
「未来への不安的な?」
「そそ」
「やばいそれ超やばいじゃん!」
「な? つーかゲーセン寄ってかね?」
「行く行く」





2018.04.30 1回目
お題「神話」

アロトポスのようにはなれない。人間だもの。
図書館で読んだストーリィに感銘を受けて、実践を始めた。書を捨てて街に出た瞬間だった。
まあ私にとっての「街」というのは、つまりVRChatのことであって、家のドアの向こうのことではない。ヘッドマウントディスプレイの向こうに見える世界のことだ。
量子コンピュータが重ね合わせられた状態で超高速の演算結果を吐き出す。私は自分のワールド内で、宇宙を創造した。
難しい事ではないし、数年前には実際に流行した。自分の宇宙を創る。うまくいけば宇宙のなかで自分たちのような生命体が芽生え出し、彼らは文明を築く。文明が発達すると彼らは神の存在に気付き、そして信仰するのだ。ストーリィを作って。
でも、そのストーリィもついに終焉を迎えた。
私は、完璧ではないから、完璧なものは作れない。人類は滅び、そして星が滅び、宇宙が滅んだ。
見届けて、ディスプレイを外す。
さようなら、不完全だったストーリィたちよ。






2018.04.30 2回目
お題「架空生物」

人には見えないものが、ぼくには見える。生まれたときから見えていたから、小さい頃はよく気味悪がられた。今では口には出さないけれど、たまに目で追ってしまって、それを咎められることはある。
授業中。窓の外でドラゴンの群れが空を泳いでいる。「こら田村! またお前か!」と担任の教師に注意され、黒板を向くと、教師の肩には首だけの幽霊が乗っかっていた。板書するフリをして、ノートのドラゴンの横に、その幽霊のイラストを描き加えた。
「田村くんって夢想家だよね」
隣の席の能見さんは、とっくにぼくの落書き癖に気付いていて、休憩時間たまに観察しに来る。
ノートにはミイラに吸血鬼にスライムにゴブリンに、あとたまに、アニメのキャラクター。
全部本当に見えているなんてことは、言わない。
見えても見えてなくても、描けば、絵だから。




2018.09.23(予行演習)
お題「虫歯」

苦しいなって思う。人を愛すのは。
どうにも私は、上限がない人間であるらしい。ギャンブルは自分でやめられなかったし、集中するとひとつの作業で一日を終えてしまう。ひとたび愛してしまった人には、身も心も、財産もすべて、その人に注いでしまいたいと思ってしまう。けれど過剰な愛は私だけでなく、相手をも滅ぼしてしまう。
わかっているのに、やめられなくて、でも、完全にやめるのも結局は破滅の道なんだよね。

鏡と向き合うと疲れ切った私がいた。にこりと笑ってみるも、うまくいかない。磨けば磨くほど綺麗になって、健康を保てると思っていた。けれど愛せば愛すほど私たちは過敏になっていった。ちょっとした刺激が苦痛だった。
頬に手を触れて、伝う苦しみを感じる。それはもう、修復のきかない破滅の証。




2018.09.24
お題「水」

生まれつき特殊な能力を有していた。あるいは俺は能力を仕組まれた兵器なのかもしれない。
物心ついたときには既に研究機関で暮らしていた。
そこを抜け出したのは18の夏。孤島を脱出し日本に流れ着いた。
俺は何にだってなれたし、どこにだって行けた。具体的に言うなら、同化する能力。びゅんびゅん空を駆け回り、地上をさあっと駆け回り、余すことなく世界のすべてを循環できる。もはや俺を作ったやつらに、俺の管理なんてできようがなかったのさ。