感想公開:2016.09.29(Privatter)
※ネタバレを含みます。


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作品情報
作者名:龍
題名:花嫁に鈴を
作品URL:http://nanos.jp/hanebone/page/20/
備考:「テンミリオン」二次創作、第6回お題執筆会参加作品

感想

 第6回お題執筆会の参加作品のなかで、頭ひとつ抜けていた作品だったと思います。
 まず全体的に、描写がとても綺麗ですよね。目を瞠る表現が多々ありましたし、文章の力の入れどころにも緩急がついていて、とても読みやすかったです。鈴の「濡れたような光沢」、「木漏れ日が(中略)まだら模様を作って遊んでいる」という描写が特に好みです。特に前者の鈴の描写は冒頭にありましたから、最初から描写の美しさに入り込めて、見事な牽引力でした。また、怪物の描写にも、おどろおどろしさに余念がなく、「人間の目とは白黒が逆転した不気味な眼球が、きょと、きょと、と動いて」「水の怪物の体が石を投げ込まれた水面のように波打ち」など、よく練られているなぁと感じます。
 描写だけでなく、文単体で見ても効果的な表現がありました。「膨らんだ袖は特別なもの。」、「仕切り布がぱさりと床を叩いた。」などがそうです。特に「仕切り~」は親子の情景と床を叩く音が相まって、特殊な雰囲気を形成していたと思います。ここの親子のやり取りも丁寧で、「どうして謝るの」「あんまり……出来のいい娘じゃ、なくって」「そうねえ」の部分なんてほんと、素晴らしい。母親の様々な感情が凝縮された「そうねえ」だったと思います。母親の台詞で「、」で終わっている部分も、母親の感動と、言葉を絞り出す様子が滲み出ていて、とても良かった。繰り返し使ったことで、効果的にもなっていました(逆に言えば、他の部分でも多用されていたことは、少し気になりました)。
 文の表現でいえば、他にも「胸の中の恐怖が嵐のように暴れている。」なんて素晴らしい采配でした。怪物との連続的な短い描写の中で、唐突に映し出される恐怖。文を差し込むタイミングが、印象的でかつリズミカルで、感服です。

 と、数点細かい点を例に挙げましたが、この作品でなによりも素晴らしいと思ったのが「赤」色の演出でした。
 この作品では、二重三重にもなる「赤」の対比が仕組まれていて、これがなんといっても素晴らしかった。
 まず一つ目の対比になっているのが、以下の二箇所。
「消え入るような声で呟いた彼の頬は、少しだけ赤らんでいた」
「彼の精悍な頬に、夕暮れの赤が落ちていた」
 前者は口づけをした直後の彼で、後者はリンとともに思いにふけっている彼です。文章だというのに、表情の対比をせしめたというのがまず素晴らしい。恥ずかしがっている頬と、精悍な頬。同じ「赤」を使って、一人の人間の表情をこうも描き分けた点、手腕を感じます。
 しかしある意味では上述の二文は、等しく未来や幸福を象徴している「赤」だと言えます。今までの自分たちを顧み、そして結婚を控えたうえでの「赤」……。ところがここで、
「辺り一面が燃えていた。夕日の赤よりもずっと熾烈な、それは恐ろしい炎の赤だった。」
と、「赤」が豹変します。「夕日の赤」は沈み、それまで描かれた未来性や幸福を打ち壊した、「恐ろしい炎の赤」が立ち現れる。
 この流れが非常に美しく、そして残酷でした。結婚を控えたリンたちと、その崩壊を濃縮した「赤」でした。(偶然かもしれませんが、花嫁衣装の模様も「赤」と類似した「朱」色で刺繍がなされていますね。)
 そのうえ目を覚まし、夢だと安堵したリンを最初に現実に引き戻した光景が「赤」い髪の女性だというのもまた、表現に容赦がなくて、にくい演出だなぁと。
 以上のような執拗な「赤」の連続が、非常に好みでした。

 丁寧に築き上げられた希望と崩壊。文章の美しさとしてはここで力尽きてもいいはずだろうに、その先も余念なく描きあげたというのも、すごいところです。
 王国軍の帝国主義的な策謀と、壮年の男の凄み。そして正義感の強い青年が告げる、残酷な事実。作品の色合いを鎮火した焼野原へとがらりと変え、そのうえで、見せたいものを見せる。特に青年の台詞の部分が、真に迫っていて好きでした。青年の台詞と、その合間に挟まれたリンの感情。段々になったこの形式が、最も重要な台詞をもって「決壊」する。決壊してからの、「ああ、殺してやる。」という流れは、本当に美しい。(「あなただけでも、助かって良かった」ここ、翅骨版では空行を挟まれているのですね。苦渋の決断だったのかもしれませんが、実に効果的な空行になっていると思います。)文章の見せ方としてもそうですし、ストーリーとしても、この上ない決壊であるなぁと。演出とストーリーが一斉に頂点を迎える部分でした。

 演出とストーリーが合わさって、一級品の物語を形作っている。
 細部にまで神経が行き届いた、素晴らしい力作でした。


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© 2016 Kobuse Fumio