感想公開:2018.06.07


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作品情報
アーティスト名:happyender girl
アルバムタイトル:maiden's cafe
収録曲数:9曲
全曲作詞作曲:せせせ(cicada_sss)
ボーカル:初音ミク
URL:https://cicada-sss.bandcamp.com/album/maidens-cafe

感想

 happyender girlの3rdアルバム。新しいhappyender girlの風が吹いている。
 彼の作品に見られる実験性の極めて強い曲は末尾でなく中間に移し、とにかく一貫してポップに、アルバム全体の余韻を引き出すことに総力を注いでいる。初音ミクの声も、曲の演出も、洗練が進んでいて、驚いたし、すごいと思った。

「maiden's cafe」というアルバムタイトルの通り、甘味を小道具にしつつ、処女性に関して歌った楽曲で一貫している。しかしこの作品の面白いところは、その処女性をもって作品を脚色すること自体を、この作品をもって批判しているところにあるだろう。「ストロベリー・キャノン」などでまず、甘味は処女性、あるいはそれに対応する何らかのこと(こどもの心を持ち続けるだとか、社会の抑圧に対抗し続ける意思であるとか)の象徴として提示される。しかしそれと同時に、たとえば「candy ghost」では、快楽、暴力、優越、服従、退廃、籠絡、軽蔑、凌辱といったものを、キャンディ(=甘味)に喩えているのだ。甘味はこの二律性を持ちながら、アルバムを最後まで突き抜け、最後の楽曲「チョコレート・シナプス」ではそれを「考えの甘さに依る」と表現し、その両面性を突きつけている。自己批判と他者批判を繰り返す、とても器用で、一層深い空間を生み出しているアルバムだと思った。
 個人的には、「maiden's cafe (blackberry)」「ドーナツ・レジスター」「ポッキーゲーム」「candy ghost」「チョコレート・シナプス」が好み。

1. maiden's cafe (blackberry)
 イントロの独唱から、「飽きもせず、メイデン!メイデン!」「フウ!」で一気に曲が入るこの引き込まれる導入に、まず惹かれる。
 心地良いメロディーの中で、鉄琴の音が跳ねるように入っているのが印象的だ。

2. ストロベリー・キャノン
 happyender girlのお家芸ともいえる、重厚なバンドサウンドの一曲。
 前述の通り甘味を「失われる青さ」のひとつとし、「抵抗しなければこの世界から味は消えてしまう」と歌っている。それと一見撞着するかのように、「アスパルテームの中へ消えた君」が「もう甘いものなんて好きじゃなくなってしまっていた」とも表現しているのが興味深い。この時点で既に、甘味の二面性を顕にしている(具体的には、スイートと甘味料という違いを持たせている)。
「脂肪と同調に負けて抑圧に甘んじるなんて愚かだ/いつまでも甘いものが好きでもいい/いつまでも苦いものが嫌いでもいい って誰か言ってよ」という歌詞が素晴らしい。

3. わたしはわたがし
 電子音主体のパートを境にして、ピアノやドラムのパート、和楽器のパートと変化していくのが楽しい一曲。
「その体はわたがしのように甘くとろけて後には何も残らない」というのが、このアルバムの肝に関わっている。

4. アイスを憎む
 ポップ。歌の入るタイミングが良い。
「切実さを嘲笑うより残酷なことはないだろ」が刺さる。的確な位置にビシッと決まる表現を持ってきたなと思った。
「可愛いね」→「可愛くない」、「くだらない」→「くだらなくなんかない」の応酬がとても好き。

5. ドーナツ・レジスター
 とても好きになった曲のひとつ。
「みんなの心に穴が空いてしまえばいいのに」という願いを後押しするかのように、この曲自体にも穴が開く。素晴らしい。
 連続した「ドーナツ食べて心を失え!」が顕著だが、初音ミクの歌い方からあどけなささえ感じるもので、そこもとても良かった。
 二度目の「みんなの心に穴が空いてしまえばいいのに」から演奏が荒ぶるのも面白い。
 あと「穴開き」ってアナーキーみたいね。

6. ポッキーゲーム
 とても好きな曲のひとつ。非常に吸引力の高い曲で、一度聴いてからというもの、ふいに脳裏で口ずさんでしまう馴染みやすさがある。なんといってもサビがポップで、好みだった。
 タイトルの「ゲーム」という部分に対応して、8bit風のイントロで始まっているのも面白いところだ。
 また、初音ミクの歌い方にまたも工夫が凝らされている。加工した音声に聞こえる演出がなされていて、逆説的に、まるで人間が歌っているかのような印象を受けた。
「炭酸を喉に流しこんでる」という歌詞もまた、他の(アルバム外の)曲との接続を匂わせる。

7. candy ghost
 とても好きな曲のひとつ。
 前述の「happyender girlの作品に見られる実験性の極めて強い曲は末尾でなく中間に移し」ている曲というのは、この曲のことだ。
 そのうえ、実験性は強くとも、同時にポップさも持ち合わせることに成功している。3段階による曲の変調がまさにそうだ。どんどん盛り上がっていき、歌詞も歌詞の通りに耳に入ってくる。このあたりは他の実験的作品と比べてもひとつ頭の抜けた要素であると思う。

8. maiden's cafe (blueberry)
 ストロベリー・キャノンに「この世に変わらないものがあるのなら失われる青さをとどめるのに」という歌詞が出るが、blueberryとはその「青さ」のことだろう。変わること・失うことを良しとする、「青さ」が抜けることが成長であるといわんとする在り方に対して、この曲は一石を投じる。
「理論武装した本能で青さを嬲るお前らを/甘酸っぱい理性で皆殺しにしてやりたい」という表現も良い。アルバム内の他の曲でも、本能と理性を対比している部分があったが、この表現はより真に迫ろうとしている。
「私は私たちを踏みにじる悪意や無思慮には決して折れない/私は私たちをいかに汚さんとする世界を決して許さない」という感情の発露のような直截的な歌詞は、このアルバムのコンセプトを引きまとめてくれるような、力強さのある表現であったと思う。
 それだけに、何度も歌詞を繰り返していくうちに、高くなっていき掠れていく声と、最終的にぶつ切りにされてしまっているのは切ない。

9. チョコレート・シナプス
 とても好きになった曲のひとつ。何度も繰り返し聴きたくなる楽曲。
 ぶつ切りになった曲に続いて、歌詞は自己批判にも似た諦観から始まる。それでも、「理論武装した本能」に対抗してきた現状について、歌にしたかったと歌う。「こんなことすぐに忘れてしまえるさ/こんなものすぐに失くしてしまえるさ/それでも今ここに刻まなきゃいけないんだ/私の優しい気持ちが消える前に」という表現から感じられる、行く末を予想したうえでの、この歌への愛着。
 またなんといっても、メロディーがとにかく綺麗。綺麗で、胸に馴染む。
 ずっとリピート再生していたくなる、噛みしめたくなる美しいメロディーだ。

 以上。総収録時間が37分と短い分気軽に聴き返しやすいうえに、これだけバラエティに富んでいて、とても楽しい1枚だった。


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