あむの憧憬


トップへ戻る目次へ戻る


休憩所ポイント一覧

第三部へ←→第五部へ

第四部



 物語が終幕を迎える瞬間というものを、あなた、は見逃しているような気がしてそれはまさしく虚無を越えた先にあるなどという妄言こそを乗り越えたものなのであり、あなた、の求めるようなその無限の愛をもたらすような苦痛ではなくこの逃亡した、あなた、の人生を数えてみたところあらいくつあるのかしら五つあるのかしらそうね五つあるのね、あなた、の求めているものは愛なのかそれとも無限のものなのかと考えてみたところやはり、あなた、に訊かねば分からないものはあるようであるのでいまここで、あなた、に問うのは個人の問題ではなく、あなた、という種の全体の問題でありいや難しいことではなく、あなた、の抱えている問題というものはすなわち種の全体の抱えている問題ということでありそれを思うと、あなた、の負担が配分されて軽く感じるものではないのでしょうかと気楽に考えているのならば、あなた、に考える資格などないと言いたいところなのですがしかし考えない葦は単なる葦に過ぎずそれならばあるいは、あなた、は葦になる資格などないのだから仕方なし、あなた、は人間でありなさいそうでありたいのならば考えなさい考えるのがいやなのならば人間でも葦でもないなにかになる方法を考えて考えるのをやめなさいさもなくば、あなた、はいわゆる無限のしかし有限の虚無となって太陽でも銀河でもハローでも宇宙でもないどこか内側でも外側でもない領域に組み込まれて無ともいえないなんともいえない、あなた、になってしまう、あなた、は、あなた、という、あなた、として、あなた、の、あなた、として、あなた、なのだと命あるすべてと対極になるでもなく命ないすべての対極となるでもなく、あなた、は、あなた、当然のことを当然とみなすこともできないままにふんぞり返っている偉い人がいましたがその人は不思議なことに偉い人であり続ける技術を持ち合わせておりそのためにずっとふんぞり返っていたのですがあるときその技術を盗もうと若者が偉い人の傍に近づいてちょうどその偉い人は居眠りをしていたものですから若者は好機とばかりに偉い人の頭のなかを覗き込んで技術がどこに隠されているか探したのですがやはりそれは大切な技術でありますからそう容易には見つけられず仕方なく覗き見るだけではなく頭のなかに手を突っ込んでみたのですがこれがいかんともしがたい快感がありまして若者は頬を緩ませてしまったのですがそのためにその微笑という方程式の乱れのために偉い人が起きてしまいその若者は帰らぬ人となったわけでありますがこのとき若者と偉い人のことをこっそり観察していた老人がおりましてその老人は偉い人になるということに関してはあまり興味がなかったようですが富やら財産やらという偉い人に付属してくる装飾品のようなものにたいへん興味がありそのために様子を窺っていたのですがこの若者の失態を目にしたことでヒントを得ることができ老人は実行に移すことにしたのですがその実行というものが実によく練られた計画をもとにおこなわれたわけなのですがおかしなことにその計画はたいへん素晴らしいものであったというのに老人の頭のなかにはその計画のことがさっぱり記録されておらずはてこれはどうしたものかと老人は疑問に思ったわけでありますがそのうちその計画の存在自体も忘れてしまい結局なんの策をなく偉い人に近づいたことになりますが老人はおどおどとしているばかりで実行のじの字もない様子でそのとき偉い人ははじめから起きていたものですからその老人の不気味な様子に嫌気がさして老人にどうしたのかと話しかけたところ老人は偉い人に偉い人であり続ける技術を盗みにきたことを正直に打ち明けたところ偉い人は驚いて老人を追い出してしまったのですがそれからしばらくして偉い人は考え直して老人を呼び止めて自分のところで働くといいと勧誘したわけでありますがその魂胆といたしましては偉い人にとってもその技術は気になるところでありというのもこの偉い人はなぜ自分が偉い人であり続けているのかということについては自覚がなかったわけでありましてきっと頭のどこかにしまったまま忘れてしまったのでしょうがそのため自身の技術を掘り起こすためにはその技術についていくばくかの興味を持っていて盗もうとしていたその老人がいたほうが便利だろうと思ったからなのでございますが老人は偉い人のそんな気持ちには露も気付かず喜んで働くことにしたのですが偉い人は丁寧に老人に仕事を教えてやる暇は実はあまりなくそのために死んでしまった若者を起こしてその若者も働かないかと持ちかけ若者はもともと偉い人のもとで働いている人だったわけなのですが偉い人はそれには気付いていなかったのですが若者はそれを断って偉い人のもとを逃げていって乗り物に轢かれてしまったため帰らぬ人になったわけですがはて困ったのは偉い人でありまして老人に働いてもらうのはいいものの老人に仕事を説明してやれるほどの時間も余裕もそれに知識もなくそれでは老人に自分から持ちかけたくせに言い付けを果たすことができないわけでしてそのために困っているのですがそこで偉い人は思いつきをして短時間で広告をつくりつまり老人に仕事を与える人を雇うことにしたわけですがその広告を見た人々はその明確で簡単で曖昧な仕事の内容に好感を示し一斉に応募したわけなのですがはて困ったのはまたもや偉い人でなぜならこのたくさんの応募のうち適任者を選ぶのに時間がかかるわけですからその時間がない偉い人には余裕がなく今度は適任者を選考する人を募集することにしましたがあら困ったことにその人を選び取る時間もないわけですからはてはて困った困ったと偉い人には時間がないものですからではその適任者を選ぶ人を選ぶ人を募集しようという発想になったのですがここで老人が一言言いましたところつまりではその広告を老人が作りましょうというのですよ偉い人は関心してではそうしようと即決し以上のことで老人は老人に仕事を教えてくれる人を募集する広告を作成する仕事にかかったというわけなのですがさてこの物語において、あなた、を象徴するものがありますよねそうですよねわたしはそう思うのですがどうでしょう、あなた、は偉い人でしょうか若者でしょうか老人でしょうかいえいえ違うでしょう、あなた、は登場人物などというちっぽけなものではなく、あなた、はそう、あなた、はこの物語そのものなのです、、、、、、、、、、、、あ、失礼、気が著しく動転してしまったようで文章が途切れそうになってしまいました、危ない危ない危なあああ、あああ、あ、あ、体中が痛いのです胸の奥をきゅうっと縛り付けられているような感覚が終始わたしを襲うのですわたしは泣いています泣いていますああ、ああ、あ、視界がぼやけているのはだってまるで水のなかにいるような景色が広がっているのだものぼやけているのだもの死にたくない深い闇が包み込むようにまるで宇宙に放り込まれてしまったように深淵に取り込まれて崖から落とされて一寸先は闇で暗闇で真っ暗闇で死にたくないわたしは、わたしは、なぜ気付いていなかったのでしょう、なぜ、どうして、こんなに理不尽なことがありますかたった一つの数字の違いだけでこんなにも余裕をなくしてしまうなんて、わたしはやっぱりただの人間だったのですユートピアチルドレンとか運命の子だとか救世主だとか、なにを言っているんでしょうわたしは、わたしは、ただの愚か者だったのでしょう、わたしは、わたしはね、教会を脱退するときに、退会届、を書いていたのです、あはは、あはは、すなわち、わたしが一文目だと思っていたあの三つの物語は、実際は二文目であり、わたしが二文目だと思っていたあの友人の物語は、三文目であり、わたしが三文目だと思っていたあの家族と宗教の物語は、四文目だったということなのです、ね、ということは、わたしがいま書いているこの文章は、五文目であり、この文章に句点をつけた瞬間、まるを付けてしまった瞬間に、わたしに言論税がかかり、わたしの、わたしの命は、あああ、ああ、あ、あ、あ、あ、、、あ、二文目、いえ、実際のところの三文目において、あ、がモザイクの役割を果たしてることをわたしは明言いたしましたが、これの意味するところは、愛の半分は隠されているということなのです、愛の本質を知るには、愛の主体を知らねばならない、愛の主体とはすなわちあの唯一の存在、わたしはですから、いえ、いえ、わたしにはやはり、人類を救うとか、そういう絵空事を成し遂げる力はないようです、父親はわたしに強い希望をいだいて死んでいったようですが、わたしはなにもせず彼のところに行くことになりそうです、ここで文章の書き方、といものを今更になって明かしておきますが、この時代、直接的に文章を書く方法は三つありまして、手で書く方法と、キーを打つことで書く方法と、それからひとつ、ユートピア宣言以降、紙の本や電子書籍がもはや遺物となった現代において、新しく生み出された執筆方法、括弧でも文章書くのは大変なのでこれは主に漫画で使われています括弧閉じる、すなわち、思考する、という方法、あはは、莫迦なことを言っているような気が、いまでもしているのは、わたしがこの方法を主に使用してきたにもかかわらず、いまだにこの原理をうまく理解できていないからなのでしょう、情報素、という種類の、元素とはまた別の次元にある物質の形態をもとにして、思考を抽出し、情報素を規定にした文章を書くことができるのですが、はて、自分でこう書いておきながら、これがつまりどういう意味なのか、わからないのですから、科学ってやっぱ嫌いです、ちょっとかがくぅ、とか、遊んでいたい気分ではあるのですけどね、わたしはつい先ほど、読点がずらりいくつも並んでいるときに、この情報素式の執筆法から、キーボード方式にシフトしました、思考という曖昧でよく分からない、原理もよく理解できない方法を用いるよりも、こうしてキーボードを叩きながら自分の手を動かしているほうが、信頼度、エビデンスは高いものだと思うのです、もしかしたらこの考え方は、時代の流れに、科学の発展についていけていない人間の発想なのかもしれませんけれど、それでもわたしはキーボードを支持したい、とか、だっていままで、頑張って頑張って、文章を途切らさないようにしていたというのに、友人の死体を目の当たりにしたときに、思考停止してしまいましたし、そのとき意識せずに文章が終わってしまいましたし、だから、わたしにとって最も信頼できない人間というのはわたし自身なのです、から、こうしてキーボードに直に打っているわけですが、当然この前までのように、思考するだけで文章を紡ぐことなんてできないわけですし、あ、とはいっても、一文目と二文目、じゃなかった二文目と三文目では、キーボード打ちも織り交ぜていたんですけど、それはまあ、嗜好のようなもので、でもこの余裕のない状況となってはこの方法ただひとつにこだわるしかなくなったということでして、その分、なにか行動しながら文章を書くことができなくなった、たとえば走りながら、とか、楽器を弾きながら、とかできないわけです、あと眠りながら書くこともできませんね、夢の内容を書けなくなるのかな、人間の記憶力なんてものは信頼できないものですから、起きた後に夢の内容を書いたとしても本来の内容と大きくかけ離れたものになるでしょうし、それに、この文章を書き終えたあとはずっと眠っていられるのです、数日くらい寝ずに書いても、いいでしょう、ね、もしキーボードを打つのを途中でやめて、眠ってしまったとして、起きたあとにまだ書き終えていないからという理由で続きを書き続けることができるのか、というのは、試したことがないので分かりません、リスクを負うのはいやですから、わたしはわたしのタイミングで死を選びたいものですから、だから、わたしもう寝ません、睡眠は取りません、肌を気にすることも、もういらないのです、わたしはただわたしの命を引き伸ばして、自身のタイミングを見つけるためだけに、この最後の文章を書きます、父親はわたしの未来のために、人類の未来のために五文目を消費しましたが、わたしにはそんなことはできません、わたしはわたしなのです、わたしのわたしによるわたしのための、わたし、あああ、あああ、ああ、括弧モザイク括弧閉じる、わたしはただ文章を書くということしかできない、いままでのようにわたし自身の行動を描写することは、この椅子の範囲内に限られるのです、試しに描写してみましょうか、わたしはいま、ふたつある手を用いて、六列に並んだキーの集合を、自身の判断に基づいて打ち込んでいます、軽く押すと指定された文字が拡張視野に浮かび、文章が紡がれてゆきます、それをわたしのふたつの眼球は、両の視覚範囲を脳内で複合しながら眺めているのです、わたしは考えながらキーボードを打ちます、ゆえにわたしは存在しています、デカルトです、ところでわたしはネタを考えています、なにをここに書くべきか、ということをいま無駄な描写をしながら考えているのです、なにを書くべきか、書かねばならないことに変わりはないのですが、どうせ書くのなら有意義な内容のほうが良いはずです、わたしの当初の思想では、文章を書くにおいて、最も重要なこと、それは伝わるということです、そしてなにより、広く伝わるにはそれだけ保存期間が長くなければなりません、複製されなければなりません、引用され吸収され、人類の糧にならねばなりません、伝わるということ、文章は伝わらねば価値を持ちません、現状、この文章が伝わっているのはわたしただ一人、もともとはわたしが死んだ後、あのルームメイトに五文を託すつもりでしたが、そうか、わたしはこの文章の委託先をまず考えるべきでした、でももう遅い、誰かがこのホテルのこの部屋に勝手に入ってこない限り、わたしは動けないのですから、この椅子から動くことができないのですから、託す相手を見つけることはできないということになります、手を使わない類の通信器があればいいのですが、いまわたしの近くにあるのは、旧式のぽんこつ電波通話器だけ、はあ、はああ、溜息が出るものです、誰かここに押しかけてくれないかなあ、くれないよなあ、とりあえず、あのこ、変態娘が来ることを願って、祈って、そのこについて語りましょうか、しょうか、はろーはろー、と言ってわたしたちを追いかけてきた彼女は、どこか遠い地方から引っ越してきたようで、留学、と言っていたような気もしますが、ないすとぅみーちゅー、彼女はやけに声が大きく、動きが活発で、はあその地方の人はみんな明朗なんだな、と一種の偏見を植え付けられたものです、彼女に隠れるようにしてルームメイトは、わたしの背中に隠れ、隠れるように隠れ、それはもう隠れ、おかげでわたしとルームメイトは仲良くなったような気もしないでもないですが、わたしは変態娘を拒むこともしなかったので、二足のわらじ、あ、ところでこのとき、変態娘はまだ変態娘ではなくて、単なる留学生だったわけですが、はあ、彼女はわりと勉強熱心な子でして、いろいろわたしに質問してくるわけです、わっいずでぃす、つくえ、わっいずでぃず、べっど、わっいずでぃす、きゃっ、えーっと、むね、むーね疑問符、いえす、むね、わっいずでぃす、ってどこ触っとるんじゃい、三点リーダ、三点リーダ、やはり彼女はもとから変態娘だったようです、あー記憶って怖い、記憶違い、とか考えてみますと、どうも、わたしには間違って記憶している思い出というものがあるように思うんです、話かわりますけど、括弧べつに変態娘の所業について詳しく書いても需要ないでしょ、一応全年齢対象なのですし、括弧閉じる、括弧いやべつにメタフィクションとか意識してるわけじゃないんですよわたし作中の人物じゃないですし括弧閉じる、括弧でも文章ってあれじゃないですか、広く伝わるためには全年齢対象であることが大事だと思うんですよこれが括弧閉じる、括弧かっこいくつ並べるつもりなんでしょうね括弧閉じる、実はこの五文目を書き始める前に、いままでの三文を読み返してみたんですが、いえ退会届は手元にないので、はい、どうも、無意識的な思考といいますか、夢のなかの叙述もそうですし、起きているときもときどき、わたしの考えていないこと、いえ、考えているつもりのないこと、が書かれているような気がしました、知らない、知らないことではありますが、無知をそろそろ知る頃合になったのではないかなーと、死を直前にわたしは思ったのです、話が見えて来ないかもしれませんけど、わたしの文章には、いえ、情報素を利用した場合に限り、文章のなかに、わたし以外の思考が混ざっているような気がするのです、わたしの気付いていないわたしは、わたしにとってはわたしではなくて、たとえばわたしの夢のなかのわたしというものは、わたしであったとしても、わたしにとってはわたしではないのです、その論理展開を基点とすれば、この文章、いえ、情報素を利用した文章には、わたし以外の意思が介在している可能性が出てきます、わたし以外、という存在の定義についてが問題なのですが、わたしにとってわたしでない存在、というのが正解であるのならば、そうなるのです、急に本題めいた話になりましたが、これはわたしの単なる延命行為であり、もう書くことなんて死を目の当たりにした今では思いつかないものですから、自由に、自由に書いているわけですが、だから、もしわたしの文章にわたし以外のなにものかが介入していたとして、それが一体なんなのか、誰なのか、ということをひとまず考えてみますに、あなた、いえ、あなた、というものを文中から見つけ出したのです、たとえば一文目、括弧じっさいは二文目括弧閉じる、の冒頭に、明らかに、あなた、に話しかけている様子が窺えます、この、あなた、とは誰なのでしょう、あなたではなく、あなた、なのです、この違いが分かりますか、この、あなた、は、あなたと違って、必ず読点に囲まれている、挟まれている、一文目括弧二文目括弧閉じるによると、あなた、とはどうやら読者を指しているようですが、果たしてこれが本当のことなのか、わたしには確証はありません、ものを食べる行為を叙述しようとしたらあのモザイクに覆われ、そしてわたしの意思を逸脱したものの可能性がある現在、たとえわたしが書いた文章だとしても疑ってかかるべきではあると思うのです、しかも二文目においては、わたしは、あなた、のことが好きなのだと言っています、そんなことを言った覚えはありませんし、わたしが恋したことのある人はルームメイトただ一人です、いえ若気の至りです、だとしたらやはり、わたしの知らないところでわたしの知らないなにかが企みをはたらいており、あるいは、わたしが自分の意思で書き、その後記憶を抹消されるなどされており、なにやらの計画が進行しているのかもしれません、ときに、あなた、とは傍観者のことである、という旨の内容も、同じ文に書かれていましたが、もしかしたら、わたしが覚えていないだけで、この、あなた、という存在は、実在しない不特定のことをさすのかもしれません、それをほのめかしていたのかもしれない叙述もありました、あなた、という読者、すなわち不特定の誰か、を、わたしは無意識にそう呼称したのかもしれません、そしてまたあるいは、その、あなた、という存在が、わたしにそう書かせたという可能性もなきにしもあらずなのです、あれ、そういえば、食べる行為を書くのは勝手にモザイクがかかることでしたが、あれは情報素のせいだったのでしょうか、それとも書き方を問わない規定だったのでしょうか、試してみましょうか、わたしは林檎を食べています、あれ、書けましたね、だったらやはりこれも、情報素によるバグだったのでしょうか、え、でも、三文目、実際のところの四文目において、わたしはコーヒーを飲みました、コーヒーがほのかに苦いのだという叙述を、わたしは書いていますし、それはもちろん情報素を利用しての叙述です、飲む、と、食べる、は異なるものなのでしょうか、わたしは以前食べることを栄養を得ることと定義しましたが、それを鑑みると、飲むということも食べることに含まれているはずです、どう考えればいいのかしら、まず定義を変えることから考えてみましょうか、食べる、とは、栄養を得ることではなく物体を咀嚼し嚥下することである、として、けれど、考えてみれば食べる行為にモザイクがかかった回数はわりと少なく、ルームメイトがおやつをくれたときとか、その、いえ、涙は枯れました、もうすぐきみのところに行くんだよ、もう泣かなくていいんだ、いえ、だから、あっ、そうだ、わたしは最初の三つの物語のときに、その第二の物語、女子高生を主人公にすえたあの物語で、お弁当を食べるシーンを書いたはずです、あれにモザイクはかかっていませんでした、この際飲むという行為のことは除外して、食べるということにだけ注目してみて、それで、モザイクがかかった場合とそうでない場合を見比べてみた場合、なにが分かるか、どんな違いがあるのか、考え、考えていますいま、なうろーでぃんぐ、ちょっと待ってね、少女祈祷中、たとえば、たとえばですが、虚構と現実の違い、とか、なんか真面目な言葉になっちゃいましたけどこういうのどうかな、さきほどわたしは林檎を食べています、と書きましたが、実際のところわたしの両手はふさがっておりますので、林檎なんて食べてません、つまりさきほどの、わたしは林檎を食べています、というのは嘘だったわけです、虚構ですわ、第二の物語も、学校で読み込んだ資料をもとに作った虚構であったわけですし、それに対して、わたしとルームメイトと変態娘とその他モブキャラで構成されたわたしの人生は、現実に起こったことであり、そして現実においてわたしの食事は、文章を書く者は食事を取ってはならないという形式上の、あくまで形式上だけの決まりのこともあり、あれ、あ、そうだ、その形式上の戒律は、食べることは禁止しているけれど、飲むことは禁止していないんだ、そうだ、じゃあ、モザイクの基準というのは、つまり、あの戒律に反する現実の行為、ということだったんだ、そうか、だとしたらわたし以外の意思というのも、その戒律と関係しているのでしょうか、ああ、今更になってなにか核心に迫ろうとしている、とんでもない真相、深層に潜む真相、括弧だじゃれです括弧閉じる、括弧おもしろくないでしょ括弧閉じる、あの戒律は、そうだ、文章を書く者にだけ適用される戒律で、なぜならばユートピア宣言のせいで文章は一人あたり五文までしか書けないことになり、五文書いたら税として命を落とすことになり、つまり文章を書くということは、現代においては文字通り命を削るということであり、命を捧げる行為であるのならば、繁栄や文化、命を延ばす象徴ともいえる、食べる、という行為を禁止し、けれど本当に食べなかったら五文書き終える前に死んでしまうので、あくまで形式だけに留めて、文章の上だけに留めて、いわゆるひとつの表現規制としているということなのです、すなわち、この戒律は、ユートピア宣言と密接に、いえ密接とつい書いてしまいましたがそれはともあれ、この戒律はユートピア宣言となんらかの関係を持っているはずです、そう考えてみると、この戒律を作ったのはそもそも誰なのでしょう、いままでも疑問に思ったことはあるはずなのですが、いえ、そうだ、わたしは悪魔のせいにしてきたのではなかったかしら、悪魔、悪魔、わたしが常々口走っている悪口、それはたまに人間の心を食い散らし、穴を開けてしまうシロアリのような未確認生命体、いわゆるユーマ、悪魔、ユートピア宣言が始まってから以降、ぽつぽつと存在が示唆され、少なくともわたしはその存在を信じている生命体、でも今のところ支持されている学説としては、あの声という存在、つまりユートピア宣言の元凶となった正体不明の存在が、人間に作用した結果を、まるで生命体のように錯覚してしまっているのではないか、ということなのだそうです、もしその仮説が正しいとして、わたしのこの感覚が単なる主観にすぎないのだとしたら、いやそうでなくとも、戒律を作ったのは悪魔、という認識を改めるべきなのでしょう、まあいないものに責任をなすりつけても生産的じゃありませんし、ひとつ認識をリセットして、さて、戒律を作るとしたら、誰でしょうか、なにが作るでしょうか、とりあえず、規制を設けるということには、規制した側になんらかの利益があったり、規制することでなんらかの不利益を防止する効果があったりするはずです、それを考慮するとなると、一体なにが利益をこうむるか、不利益を受け流せるか、考えろ、考えろ、考えろ考えろ、あーわからん、ユートピア宣言の影響を利用するのは誰か、って纏めてみると、三点リーダ、三点リーダ、あれ、たとえば、誰、ではなくて、誰ら、だったり、団体だったり疑問符、あー、わかるかも、ユートピア宣言は全人類に浸透し、いまやその存在自体を否定している人はいないことでしょう、そしてそれを利用している個人や団体といえば、情報素を発見し解明した某博士、それを応用した製品を次々と生み出している某大企業とその下請け、それと、それと、あ、宗教、ユートピアチルドレン、そうか、悪魔だ、三点リーダ、三点リーダ、ユートピア宣言によって利益を被るモノの共通点といえば、それはあの声に、いえユートピア宣言を、好意的に受け止めているモノ、またはそれを楽観視しているモノ、ではないでしょうか、だとして、そうだとして、まっさきに思いつくモノ、それは、そうだ、あの宗教だ、父親が潜入し、わたしに深い心の傷を与えた、あの宗教だ、きっとあの宗教が、その幹部やら教祖やらの格のモノが、戒律を作ったに違いありません、あの戒律は他にどんな内容がありましたっけ、食べることの形式的な禁止、それ以外に、そうだ、生物の原理から逸脱した性行為、括弧こどもをつくらないたぐいのえっち括弧閉じる、それと、眠ることは確か、大丈夫だったはずですが、思えば戒律というものはさほど多くはなくて、それは見せかけの自由を確立するための虚勢であるのでしょうが、ではとりあえず、今からわたしがここにえっちなことを書いたとして、それにモザイクがかかったとしたら、わたしのこの説は有力になるはずです、戒律に反する現実の内容が、モザイクの対象だったのだ、と判明すればこっちのもんです、えーっとじゃあ、書いてみますか、疑問符、疑問符疑問符、ちょっと待て、いまわたしが想像を巡らせてあんなことやこんなことを書いたとしても、それは虚構でしかないじゃないですか、書いてももともとモザイクなんてかからないじゃないですか、やだー、えーっとだとしたら、わたしが実際にそういうことをリアルタイムで体験しない限り、いまの仮説を試してみることはできないわけで、あれまあ事態は詰まりましたね、戒律がどうとか、確かめる術がないわけです、のかな、あれ、でもちょっと待って、いつからえっちには相手が必要なのだと錯覚していた疑問符、世の中には、ひとりえっち、という言葉もあるものですし、えーでもこれってありなの、片手でキーボードを打ちながら、もう片方の手で、どうにかするくらい、できるでしょうし、それを実行したならば、それは虚構ではなく現実、リアルタイムの現実の行為であるのですから、この定義に従えばモザイクがかかる、はず、え、これ試すべきでしょうかこれ、え、需要あるの、ないでしょこれ、あ、でも、あ、そっちの方面ばかりに話が飛んでいってしまいましたが、もうひとつの可能性として、そうだ、試してみる価値はある、えーっと、こう、や、あああああああ、ああああ、ああ、ああ、あああ、ああああ、ああ、ほら、モザイクがかかりました、いえいえ、ひとりえっちをしたのではなくて、わたしは先ほど、自分のツメを痛くない程度に噛み千切って、ああてみたのです、まずかったです、もう一生味わいたくありません、そういうことです、指先がきもちわるいです、でもこれで確認ができました、戒律に反する現実の行為は、モザイクで覆われるようです、情報素で書いても、キーボードで書いても、変わらずに、ああああああ、あああ、ああああ、あ、ああ、うーんやっぱり良いものではないですね、いえわたしはツメを食べただけですが、断じてツメを食べただけですが、では確認がとれた現段階において、判明したことは、文章を書く、ということに、なんらかの意味をもってユートピア宣言とあの声が関わっているということ、もしかしたら、これは仮説ですけど、ユートピア宣言以降、人類が書いた文章はすべて、あの声かそれに順ずるモノに、校閲されているのではないでしょうか、戒律があの宗教の手によって作られたというよりも、だから、あの宗教もこの規則性に、ずっと早くに気付いていたのかも、そしてそれを教義に取り入れたとすれば、利益につながるのも頷けます、だとしたら、戒律は人間が作ったのではなくあの声が疑問符、いや、そもそもあの声が人間でないという確証さえないのですし、あるいは普遍的に浸透した宣言のなかに、もとから戒律が含まれていて、それを無意識にわたしが遵守しているのかもしれません、あー分からないままに椅子のうえで悩んでいるだけ、いまここで手を止めるわけにもいかないのですからやはり詰まっている状態であるのは変わりがないようで、そのことを思うとやはり退会届を書いたのは間違いだったかもしれない、いえあれがなければ今頃わたしの人生は暗いものだったものでしょうから、ルームメイトに会うこともなく人生に幕を下ろしていたのかもしれないのですから、退会届というよりもあの三つの物語が無駄だったのか、無闇に情報素を介して文章を作成すること自体が間違いだったのか、そもそもなにもかもがおかしかったのか、というともう、本当に今更な感じがひしひしとあるものですし、もう遅い、という自明の他明、残念無念、だとすればわたしが今とるべき行動は、わたしのタイミング、すなわちわたしの命がなくなるタイミング、を自分で模索すること、自分でこの五文目に落としどころを作ること、ということになるのでしょうか、でもなにを書けば良いのでしょう、わたしの人生もろもろは嫌というほど振り返った気がしますし、語れるほどの薀蓄もありませんし、学校で習ったことなんて学校を追い出された日のうちにすべて忘れてしまいましたし、ならば、そうだ、夢でも書きましょうかね、夜眠るときに見る夢のことではなくて、もちろん昼寝のときに見る夢のことでもなくて、残念なことに将来の夢というわけでもなくて括弧わたしには将来がないんですからね括弧閉じる、もしわたしが文章を書かずに育って、いえ、退会届の一文だけに留めて、教育機関で暮らすようになってからは現在のわたしのように文章を書くなんてことは思わなくて、あと父親が言っていたみたいななんかすごそうな救世主の気質も一切なくて、ただ、あのルームメイトも死ぬことはなくて、変態娘がやっぱり変態な世界、架空のイフの物語、夢物語、わたしが今、すらすらと書けることといえばそれくらいなのだと思うんです、だから書きます、書いている間に他のネタが思いつけば、書き終わった後にそれを書けばいいのですし、それを書いている間にまたネタを思いつけば、その後はそれを書けばいいわけですし、そうやって書き連ねてゆけば、とりあえず、数日くらいはわたしの命ももってくれるのではないかしら、というのは現実的な希望ですけど、希望的観測ですけど、でもこの五文目さえ死守すればわたしがまだ生きていられるのも事実、いっそのこと書きながらごはん食べる方法とか、今のうちに発明しておけば、わたし、永遠の命を手に入れられるかもしれない、あはは、それはまあ冗談ですが、たとえば命を落とす、ということはどういうことなのでしょう、人間の個体それぞれに寿命が設定されていたとして、その寿命の時期を迎えることが、死ぬことであるのなら、わたしが五文目を書き終えた瞬間というものは、それすなわち寿命ということになり、その後のイフの人生なんてものは、もとから設定されていなかったことなのかしら、それとも、寿命というものは、本来の語義のとおり、完全な健康体で一生を過ごした場合に、その人に訪れる本来の遺伝子的、デオキシリボ核酸的な死期をさすのでしょうか、そして事故などによって寿命に辿り着く前に死んでしまった人には、本来ならば過ごすべきだった設定があり、それをイフの物語として語り継ぐことができるのでしょうか、英雄は死後、どこにいればいいのでしょうか、あはは、意味わかりませんね、わたしは同人の巣窟で、ルームメイトと一緒に同人誌を購入し、それを携えて集合場所の椅子に座っていました、現代において漫画というメディアは情報素の先陣をきった媒体といえます、絵だけで表現されたストーリーは、文章が衰退した現代において大いに隆盛し、こうしていまだに同人という連中も生き残っているわけですが、その祭典がこの夏開かれ、あの変態娘を含む複数の、サークルという奴らは自作の漫画をおのおの価格を設定し販売しているのでした、わたしとルームメイトは、その子たちのいわば使い走りというやつで、ひぃひぃ言いながら指定された別のサークルの情報素同人漫画や情報素同人音楽を指定された数だけ購入し、のちに配ってやるという無償のアルバイトをしているわけです、無償ですけど、つかれたー、とルームメイトがわたしの傍で嘆きます、暑い暑い、肌が触れるといくら彼女といえどこのときばかりは鬱陶しく感じるものです、彼女は麦わらの帽子を被ってここまで来たのですが、係員の人に、他の参加者の迷惑になるから、と注意され、いまは鞄のなかに入れています、その麦わら帽子はわたしが数週間前の暑くなる前に、寮に設けられている売店で買ってやったもので、大事にしてくれるあたり、嬉しいものですし、しかも彼女、造花を紐でつけてトッピングしているんですよ、可愛すぎると思いませんか、わたしはすごく思います、この可愛さは正義というよりもむしろ悪、いやいやこれが悪なわけないですからあれです、罪ですこれは、罪と罰というか可愛さとメッ、うわあわたしが言うと途端に可愛くなくなるこれはマジで断罪ですわ、あとなに買えばいいんだっけ、わたしの苦悶に気付くことなく、彼女はそう尋ねてきました、えーっと、これと、これと、それ、拡張視野に表示されている商品目録を指差しながら、わたしは答えます、うん、うん、と頷くごとに、徐々に彼女の顔は青くなってゆきました、わたしもこれは鬼だと思います、災害レベルで言うところの神だねこれは、地球滅んじゃうねこれは、ですのでわたしは地球を救うべく、彼女と二手に分かれることにし、これとこれとこれとこれよろしく、うん、じゃあこれとこれとこれとこれとこれとこれ、あとこれとこれとこれ、よろしくね、と、お互いに分担した内容を確認し合い、逆方向へ赴きましってちょっと待って、わたしの役割明らかに多くね、多すぎじゃねこれ、おかしくね、と気付いて振り向くも、もう彼女の姿は見えず、通行の邪魔になりますからかすかな舌打ちをくらい、はあ、やはり我が身というものが一番可愛いものです、わたしは青い炎をたぎらせながら戦地を行き交うのでした、その夜、打ち上げ、にお呼ばれしたわたしとルームメイトは、サークル、の奴らならびにその頭首かっこ変態娘かっことじる、に戦利品を配給し、満足げな彼らの顔を見て苦笑いし、それからはちびちびとオレンジジュースを飲みました、わたしお酒飲まないので、はい、ちなみに隣の彼女は倫理的にアレです、モザイクはかからないようですけどここは自主規制ばかだねこの子ほんとばかだよ、ねーなんで飲ーまないのー、まさか人間不信の彼女がこんなにオープンになるなんて酒の力というものは恐ろしいものです、だから怖いんですよ、わたしはオレンジジュースがあればそれでいいんですお酒怖い、ダメ、基本的に、というわけでしてこのままでは股までオープンになりかねない、この変態娘を筆頭にした奴らの渦中にいては危険だ、ということで、二次会には行かねーことにして、行くかよ、肩を担ぎながら彼女を寮まで連れて帰りました、もういろいろ判断できてないだろう彼女は、くせえわ、襲えねえわ、いや別にいやいやそんな気があったわけいやいや、こういう局面においては素面が圧勝なんだぜ、じぇーけー、さてさて夏が終わり、新年度になり、ルームメイトは恋をしました、はいここ重要、超展開きましたこれ、新年度編に入り、わたしの力もあって徐々に人間不信から立ち直れてきているようなきていないような彼女は、前年度のときに退学の岐路に立たされ、わたしの力もあって授業に少しずつ参加するようになり、提出物の存在も確認できるようになり、まあその分、わたしは選択していない授業まで特例というか保護者粋で受けることになったので、いやどこの授業参観だよ、というわけで結果的にわたしの影の努力を推し量っていただきたいものですが、さあそういうことで前年度編のラストにおいては、わたし抜きでも授業に行けるように頑張ってみるという感動的なシーンが加わり、彼女は顔を青くしながらも胃の中身わたしの服にぶちまけながらも、ひとりでできるもん、ということを証明し、というわけでこの新年度編、彼女は無事、次の学年に上がったわけでして、ちなみにわたしも留年は免れたわけで、いやちょっと待てわたしは余裕だし、この叙述おかしいし、言い直すと、わたしはまあ当然のごとく学年を上がり、彼女も留年を免れたわけですが、彼女はひとりで授業、というかあれだよ、わたしの未知の領域とやらの実験ってやつだよちくしょう、に参加できるようになり、はい、そこで問題なのですが、デデン、いや出題する意味の問題ではなくて、クエスチョンではなくて、プロブレムのほうの問題なのですが、すごくプロブレムなのですが、なんと彼女は恋をしてしまったのです、このわたしを差し置いて、実験で同じグループだった、男子なにがしに、なんだそれ、聞いてねえぞなんでおまえが男に惚れるんだよわたしの将来のお嫁さんのくせに、感嘆符、ふ、ということで非常事態、寮の部屋で眠るときも、なんだかふへへーって気持ち悪い笑みをこぼしてたりしますし、上の空だったりしますし、なんだこいつ初心か、ウブナノカ、と思えばそうだわたしが今まで守ってきたのだから初心なのも致し方ないところ、というかなぜ今になって彼女を守らなかったのだわたし、と思えばしかし、彼女がわたし離れしなくてはいけないのも事実、でもわたしは親ではないので、ただの保護者なので、悲しいながらも嬉しい、とかいう親特有の感覚なんてものは皆無で、悲しいながらも悲しいよ、という感覚なのでした、残酷でしょう、ずばり残酷でしょう、彼女がどのような経緯で男に恋をしたのかは、分かりませんけど、あの可愛い可愛い彼女のことですから、ちょっと本気を出して行動に移してしまえばそいつをオトスなんて赤子の腕を捻るようなもの、なにそれ残酷、本当に残酷ずばり残酷でしょうなので、わたしは彼女が本気になる前に、彼女と男を引き離してやろうと考えました、今思うとこの気持ちが嫉妬だということに、このときに自覚しておれば、問題は肥大しなかったのだと思います、反省です、わたしは消灯時間のときに、ベッドで横になって想いを馳せているらしい彼女に向かって、こう言いました、鉤括弧、ねえ、恋してる人って、どんな人疑問符、鉤括弧閉じる、ええっ、気付いてたの、感嘆符疑問符、なんだこいつ初心の仮面被ったベテランかよ、と思ってしまうくらいなんかあざとかったので、はあ、とわざとらしい溜息をついて対抗して、で、どうなの、と訊きました、彼女はうーんと考えるふりをするような仕草をして、すごく賢くてね、情報素のエフ形式を細胞内のゴルジ体に対応させて、ゴルジ小胞の生成に変化を与えようっていう実験をしているんだよ、それが成功したら謎の多い情報素が、元素と同じ空間にあるものとして考えることができるようになるから、そうしたら階層が拡大化して、元素番号みたいにそれと対応する情報素番号を見つけ出すことができるかもしれない、ってあの人はそこまで考え出してるんだよ、すごいでしょ、それにもうほんとに優しくて、人当たりはあんまり良さげじゃないけどそのそっけなくて近づきすぎない感じが性に合うというか、だから、だから、三点リーダ、三点リーダ、あれ、寝ちゃった、疑問符、そうなのです、わたしはゴルジ体のあたりから既に眠ってしまっていたのです、やっぱりわたしに彼女を支える資格なんてないのかもしれません、だってわたし、もう彼女と授業を一緒にしたいだなんてこれっぽっちも考えないのですから、えーだって、この前の一般相対性理論の講義とかなぜわたしが最後まで起きていられたのかもうありえないくらい疑問視しているほどですし、括弧じっさい起きていたといっても気絶寸前でしたが括弧閉じる、ですから授業とかそういう起きてなくてはいけないような場を除けば、わたしには情報の取捨選択の権利があるのであり、んな科学なんて聞いてられっか、ということなのです、でね、なぜゴルジ体を使うのか、というのが重要なところなんだけど、ゴルジ体は神経とかそっちのほうに多い細胞小器官だから、神経細胞末端の間隙をとおる電気信号にも関わってくるわけ、電気信号ということは機械にも応用できるわけで、今のところ情報素を扱う機械と元素を扱う機械は別個になっているけど、それをひとつにする上で、情報素が人体と深く関わっているらしいというピーバックス機関の研究報告に基づいて神経と機械をリンクさせる、つまり情報素と元素の仲立ちとして人間の意識というものが、あーもうっ、そういう話は別の作品でお願いしますここはわたしの世界ですから、わたしの物語ですからわたしの意思を逸脱するなこのばか、はーはー、ということで、翌朝、その日はちょうど選択した授業がひとつもない日なので、いえわたしが意図的にやったことですがでも中間に休みがあると良いでしょ、わたしは与えられた余暇を謳歌するため、彼女の尾行をすることにしました、はい、尾行です、わたしは手前の監視カメラと盗聴器を彼女のデニム括弧ズボン括弧閉じるのポケットに忍び込ませ、わたしはサングラスをかけ、まだ残暑がありますがまあ寒がりということでコートを羽織り、手はコートのポケットにツッコミ、いえ突っ込み、コートの内ポケットから受信器のイヤホンが伸び、それは耳あてに偽装された形でわたしの両耳を包み、さて出動、わたしは彼女の後をつけていって、寮を出た時点で通報されました、はい、日が暮れてから寮に戻ってきた彼女に、通報されたんだって感嘆符疑問符、災難だったねえ、と、はなからわたしが無実であることを信じて接してくれるのはありがたいことなのですが、その被害者が実は彼女自身であるというのがどうもひどい皮肉です、通報したのが彼女じゃなくて良かった、具体的に言えば寮の受付のおばさんでしたあのババアあとで殺す、というわけですから失敗に終わり、その日もあくる日も、彼女はむふふと不気味に笑みを零しながらわたしの安眠を妨害するのです、次の週、ついにこの日がやってきたといわんばかりに、わたしはいきり立っていました、だってこの日が来るまでに、わたしは彼女を止めることができず、しかも彼女は鼻歌まで歌いだす次第、こんなことってありますか、いいんですかこれで、ということでわたしは考えたのでした、わたしが不審人物として通報されない方法、それはわたしが部屋を出なければいいのです、わたしは前回と同じところに盗聴器を仕掛け、そして監視カメラは、括弧いまさらですけどこの監視カメラはいわば小型の移動式のやつでして固定されたあの監視カメラのことではないです括弧閉じる、それを彼女にヘアピンとしてプレゼントしたのです、あっははは、なんという妙案、彼女に自分の存在をアッピールしつつ、括弧ッ括弧閉じる、ヘアピン型の監視カメラを不自然のないように取り付けさせることで、彼女を遠くから監視することができ、ちなみにカメラから送られてきた映像はこの前のサングラスを改造しまして、リアルタイムで映像が届くようにし、でも証拠を残さないために、録画はせず、さて、これで準備は満タン、わたしはサングラスをかけて、イヤホンをつけて、ベッドのなかで座禅を組みました、彼女はちゃんとヘアピンを付けてくれたようでした、いまは一コマ目の授業を受けているようです、教授の言葉はなるべく聞かないように努めて、わたしはその様子を観察しました、特におかしなところはありません、あの男の人は、この授業を受けていないのでしょうか、いえ、違いました、わたしは、その男を見たことがないのです、まだ見たことがないのです、大事なことなので二回言いましたが、わたしは彼女の見ている方向や時間、会話などを汲み取って、男がどんな男なのかをまず突き止めねばならないようです、容易なことではありません、困った困ったなあと思いながら、頑張って根気を張って観察していますと、どうも彼女が、教壇のほうを見ていないことに気付きました、いえ、カメラは確かに教壇を中心に据えてあるのですが、それにしては、少し下に傾いているようなのです、つまり、男は彼女の前方まっすぐのところに位置しているのでしょうか、彼女は後ろのほうの席に座っていて、彼女の前の席、といっても結構います、見ている角度からして男は前のほう、もしかして教授、と一瞬あらぬ想像が頭をよぎりましたが、まさか、彼女が自分の身を売って単位を取るような子でないことくらい、わたしは知っています、売るならきっとルームメイトであるわたしを売ることでしょう、かっこ笑かっこ閉じる、だとしたらたとえば、教授の目の前の、最前列の真ん中に座っている後ろ姿ダサメンっぽい人かしら、そのひとつ前の席の、髪型がすっきりしていていかにも振り返ったらイケメンそうなあの人かしら、と幾人かめぼしをつけようとしている間に、授業は終わったようでした、いい加減人が多すぎるのです、彼女はそれから渡り廊下を横切って、ベンチに腰かけました、ふぅ、という彼女の吐息が聞こえます、そのか細い声の可愛さに、わたしは悶えてしまうところでした、そこをぐっとこらえて、そのまま観察を続けていますと、ふいに彼女は立ち上がって、カメラの視界が光の軌道を描きます、視界のブレが整ったときには、向こうのほうに男の人の姿がありました、男の人は彼女に目もくれずに、廊下を通り過ぎていきます、彼女はまた、溜息をついて、男が見えなくなるまで立ちすくむのです、あの男の人が彼女の意中の人という認識でえふえーですね、はああの人ですかあ、授業中の前の席のなかにいたっけなぁ、というか先ほどマークしておいた男の面々のことを既に忘れているわたしなのでした、それは困った、いやそれは今更どうでもよくて、だって目の前を通り過ぎたあの彼こそ、その人なのでしょうから、出会いなんてものは、以前どこかですれ違ったかすれ違わなかったかなんてことは関係ないのです、さてさて、ルームメイトはとぼとぼと歩き出しました、男と同じほうへ歩んでいきます、おそらく次のコマは同じ部屋なのでしょう、というか追いかけるにしても遅すぎます、もっと、よっ、とか言って挨拶すればいいものを、隅っこから眺めて溜息をついて、それで遅れて追いかけて、というか同じ部屋に向かっているだけかしら、まあ、話しかけるタイミングを逸してしまった、とかあるときもありますから、この後の展開に期待しましょう、彼女は実験室のようなところに入っていきました、学校にはこんなところもあったんですね、知りませんでした、だってわたしカガクとかにキョウミないもん、興味ナイモン、さてさておそらく実験のお時間、みんな白衣を着ていて、なんか老けている人もいて、どの人が教授なのかよく分かりません、というか教授はいるのかしら、自主的ななにかなのかしら、理系のことは分からないわぷんすか、あ、さっきの男の人です、試験管を並べたりなんなりしています、彼女も動き出しました、棚からガラスの板のようなものを数枚取り出し、それからスポイトって名前だったはずのものを三つ、両手に持って男のいる実験台に置きます、喧騒のなかで男がありがとうと言っているのが分かりました、律儀な人なのか、なんなのか、あ、うん、彼女の返事はか細く消え入るようです、なんかイライラする、男の他にもその実験台には数人の人がいて、おのおの必要な道具を分担してひとつの実験台に持ってきているようです、男はしかし、他の人にはありがとうと言っていないようでした、もしやこの男、わたしの愛しきルームメイトに気があるのかしらん、両想いなのかしらん、と考えながら、もしかしたら彼女は、男の持ってくる分も運んできたのかもしれないなー、と推測したりします、他の人たちが持ってきた道具は、どれも一種類ずつだったようなそんな気がしますが、彼女はガラス板とスポイトの二種類を持ってきていたのですから、いやでもそれらはどちらも小さいものですから、その分多くの種類を持ってきたのかもしれませんけど、ああでも男も試験管持ってたんでしたっけ、まああくまで推測、観察あるのみです、男がなにかめちゃくちゃ難しい言葉を話します、それはどうやら指示だったようで、グループの他の人たちが試験管に水を入れたりなにか溶媒というかなんか怖そうな機器からよく分からない中身を取り出していたりしました、彼女はなにをしているのかといえば、記録機、設置されていた映像を撮る機械を起動させているようです、なんか彼女だけ専門的でない仕事をしているようで、彼女は劣等生とかそういうものではないと思うんですが、なんだか微妙な気持ちになります、さて、実験が始まったようです、あの怖くてよく分からないものは細胞かなにかをどうにかしたもののようで、それをガラス板に載せ、顕微鏡に設置し、両脇にわたしの見たことのない観測機のようなものを設置し、真正面にはライトを照らす機器を設置し、見事なことに顕微鏡は包囲されたわけですが、よし、じゃあ始めようか、と男が言ったのを機に、他の二人が両脇でそのよく分からない機械のスイッチをオンにしました、稼動音がぶーんと響き、男は必死に目を凝らしています、それから男は異状なしだとか変化なしだとかたぶん同じようなことを定期的に発言し、記録機に録音されるのを意識して記録の目的で無駄に口を開いているようでした、長い時間があって実験が終わりました、今日は進展なしだな、という男の声が終わりの合図でした、どうやらその実験室に教授やらそういう人はいなかったようで、そういう時間割のようなものはこの男が握っているのではないかな、と考えたりします、というわけで実験は終わり、なんだか彼女はあまり役に立っていないような気がするのですが、まあ価値は門外漢のわたしには分かりませんし、彼女の成績自体についてはわたしはあまり関与できないんですけど、どうも、彼女、あんなにあの男の人に惚れているようなのにアプローチがないというか、真面目なときだったから話しかけなかったのかな、と思いつつも、渡り廊下を通り過ぎるときも、眺めるだけでしたし、彼女ったら稀に見る奥手娘なのかもしれません、見ててイライラする、片付けを終えた後に、今日はおつかれ、男の言葉を合図にみんなが解散、がやがやと人たちは実験室を離れ、彼女は最後から二番目に出て、最後に男が出て、鍵を閉めて、それで解散、彼女は実験室から出てくる男の様子をじっと見ていましたが、男は視線に鈍いのか、それに気付かずに彼女の視線を通り過ぎて、どこかへ消えてしまいました、はぁ、この溜息は、彼女のものだったのでしょうか、わたしのものだったのでしょうか、定かではありません、それからずっと観察していましたが、彼女に特に変わったことはなく、ずっと学校をサボっていたことが痛手なのか、あまり彼女に話しかける人もおらず、なにこれ、逆人見知りかよ、わたしはイライラをこらえて、ぐっと歯をかみ合わせました、ああイライラする、イライラする、彼女が寮に戻ってくるころには、わたしはサングラスを外し、イヤホンを外し、引き出しのなかに納めて、なに食わぬ顔で彼女を迎え入れました、が、ああイライラはこらえたままだったので、わたしは久々に彼女を抱きしめ、え、え、と困惑する彼女の首筋に、言い放ちました、わたしが手伝ってあげる、ほんとイライラする、なにを、なにが、と聞き返す彼女に対して、わたしは、ほんっとイライラするんだから、と啖呵を切って、彼女の頭からヘアピンを取り上げました、さて翌朝、わたしは彼女と一緒に登校し、棟の分かれるところで彼女の背中を強く押しました、わかったよね、昨日の練習どおりにすればいいんだから、なにも難しいことじゃないんだから、そう言ってわたしは自分の受ける棟のほうへ向かい、振り向かずに彼女のこの先を祈りました、ああ、わたしは彼女に恋をしていたけれど、それと同時に、入学当初からの知り合い、唯一無二の親友でもあるのです、ああ、ああ、さて、わたしは学校のコマ割り的にいうと暇な人間であったりするので、用が終わるとさっさと寮に戻り、括弧あそばない括弧閉じる、夢想に馳せて、いつの間にか変態娘が部屋に入ってきていて、いや鍵閉めていたはずなのにどこから入ってきた、と言ったら変態は合鍵らしきものを見せびらかしてきて、いつ作ったいつ盗んだこんやろう、びっくりマーク、と変態と組み合っている間にルームメイトが入ってきて、あ、失礼しました、とか言ってすぐに扉を閉められて、どう勘違いしていたらプロレスしていたのがえっちな情景に映るのかは定かではありませんが、誤解されても困るので、すごく困るので、わたしは彼女を追いかけて、なぜか変態も彼女を追いかけて、自動販売機のあたりまで走って、ふたり揃って、誤解だ、と叫びましたところ、そこでたむろしていた生徒たちがぎょっとしてわたしと変態と彼女を見るものですから、彼女は顔を赤くして俯いて、ユーターンしてすたすたと自室に戻っていってしまいました、しかも鍵をかけて、おい合鍵出しなよ、と変態に言うと、取っ組み合いをしている間にあの部屋の床に落とした、と言われ、やれやれ、といわんばかりに変態は手をあげて、それから変態も自分の部屋に戻っていきました、なんじゃそりゃ、それからわたしが小一時間、廊下に立たされていたことはいうまでもありません、さて淹れてもらえたところで、あ誤字った入れてもらえたところで、彼女は顔を赤らめて、さっき自販機のとこにいた人、同じ実験している人だ、とか言うので、あれ、そうだったの、とリアクションをしながらも、ああ、どっかで見たような気がすると思えばそういうことですか、とか心のなかでは納得していて、それで、それがどうしたの、という話を降りかけてみましたところ、今日、あの人がわたしの好きな人に、その、コクハク、しているところを目撃しちゃって、三点リーダ、三点リーダ、ええーっ、今度はわたしは本心から驚いて、それでそれで、と食い入るように問いかけてしまったのは、ちょっと彼女のことを思うと少し失礼だったり残酷だったりしているのかな、と同時に冷静に自分を客観視している自分もいるわけですが、でも人間って好奇心には勝てないですよねー、だから人間って発展していくんですよねー、おほほ、おほほ、いや、あのね、盗み聞きというか、私がその告白を、聞いたことは、男の人はたぶん気付かなかったと思うけど、でもあの女の人には、あの人がその人から離れるときにばったり、見つかっちゃって、聞いてたの、って怖い顔して訊いてきて、私は頷くことしかできなかったんだけど、それで、三点リーダ、三点リーダ、うわあイライラする、さっさと答えを言いなさい答えを、なにをうじうじしているの、なにを字数稼ぎしているの、ほら答えなさい、と言いましたところ、彼女はそれでもじっと考え込むように黙り込んで、わたしはイライラしながらもじっと座って待っておりますと、彼女は、過程もなにも放り込んでいきなり、あの人、私のことが好きなんだって、びっくりマーク、ええーっ、今度こそわたしは仰け反りかえりました、ありっすかそれって、なんか、なんかね、あの人があの人に告白をして、それから男の人は、ごめん、好きな人いるんだ、って、その言葉に、誰、って直接訊いてきて、それで、彼はちょっと迷っていたんだけど、誰、って怖いように言うものだから、彼はもっと言いあぐねるような素振りを見せたのだけど、好きだったのに、好きだったのに、感嘆符がふたつ並ぶ、って感じでその人が泣き出すものだから、え、えーって彼は困惑して、なにせ女の子を泣かせちゃったんだもん、大罪だよ、女の人は、好きだったのに、好きだったのにを繰り返して、彼もとても困ったけど木偶の坊というわけでもなくて躊躇いながらも介抱するように背中を撫でていた、頭を撫でるのには抵抗があったのかな、それからしばらくして、女の人は泣きやんで、彼はそっぽを向いて、好きだからグループに引き入れたんだ、せっかく元気になったんだ、って言っていて、それで女の人も誰だか理解したようで、その瞬間から心臓が一気に早鐘を打つようになって、胸の奥が痛くなって、熱くなって、銃で撃ち抜かれたみたいに、撃たれたことないけど、それで、それで、もういいよ、分かった、わたしは彼女の言葉足らずの言葉を、拾い上げて、その話が本当なら、ハッピーエンドじゃん、グッドエンド、そっぽ向かれないうちに告っちゃえよ、とアドバイスするしかないのでした、とはいえ、その男、彼女が不登校になる前から彼女を知っていたのでしょうか、彼女はグループに入るまで彼のことを知らなかった、あるいは覚えていないようですし、それにグループに推薦してくれたのが彼だったとは、そもそも後から入るには推薦が必要だったことすら知らなかったようで、まあ、幸せというか、影で支えられているなあこの子は、もっと人を信じられるようになればもっと幸せになれただろうに、とは思いつつも、信じたがために裏切られて人間不信に陥ったわけで、まあ、人間って分からないものですね、誰が誰を好きだとか、なんか、よく分からないです、さてということで問題は解決したかのように思えましたが、しかしここで解決させないのが彼女の特徴というかなんというか、彼女はそれから、男をなぜか避けるようになったのです、意味わかんね、なにを言っているのか分からないでしょうがわたしにも分からないのです、間接的であれ盗み聞きであれ自分のことを好いてくれていると、意中の人が好いてくれていると、つまり両想いなのだと判明したのです、ここはもう猛烈にアタックすべきです、でも彼女は、避けたのです、磁石の同じ極みたいに、いや彼と彼女が似た者だとは思えませんけど、彼のほうは、人望があって、明るいってわけではないけど責任感はあってそれなりに人に指示を出せるリーダーシップがあって、顔はどうなんだろ、わたしの美的感覚でいえば中レベってもんですけどまあ人によっては好きなのでしょうね、どうも彼女は彼のことを、性格の面から好きになったようですし、面食いならぬ性食い、みたいな、いえなんだかこれでは変な意味に聞こえてしまいそうであれですが、あれですが、まあ彼女はあまり恋をしないようですし、そう考えると別に性食いというわけでもなくて、単にひとりの人間を好きになるタイプの良い子のようです、まあ恋多き子というのもまた良い子なのですけどね、ただし男を狂わせる清楚系娘と自称天然娘、おまえらはだめだ、あらごめんあそばせ差別はいけませんわねおほほほ、おまえらはだめだ、まあそれはともあれ、彼女のうじうじする様子には本当にイライラするのです、わたしは彼女が出て行くなり、今日は頑張りなよ、とか、今日こそは、ね、とか鼓舞するわけですが、まじで舞を踊ったりするわけですが、彼女はわたしの努力に目も向けないで、出かけていくのです、しかも近頃は、夜眠るときにあまり溜息をつくこともせず、惚けることもなく、恋する初心なオトメ、から脱したというか、もしかして冷めた、疑問符、とかなんかイヤな思いが出てくるものですが、その宙ぶらりんの状態のまま冬がやってきました、そして停滞した物語が、動き出しました、情報素がミトコンドリアに作用したのです、いつの間にゴルジ体を放棄したのかは分かりませんし、なぜそこからミトコンドリアにシフトしたのかは分かりませんが、まあゴルジ体より、なんかミトコンドリアのほうがネーミング的に親しみがありますし、それでよかったんじゃないのかとか思ったりします、ミトコンドリアといえば、以前、動く植物を開発する際においても、植物細胞内のミトコンドリアをどうにかこうにかするという某エスエフ小説をリスペクトした実験が功を奏し、なんかすごそうな賞を貰っていた学者チームがありましたが、まあそのときの功績だけに飽き足らず、今回もミトコンドリアは良さげな結果を打ち出したようなのです、詳しいことは知りませんけど、実験室は大騒ぎ、静かそうなあの男の人もはしゃいでいて、すっかりグループに打ち解けたのかもしれないルームメイトも手を合わせて喜んで、その様子は別の棟のわたしの耳にも入り、わたしが野次馬精神を隆起させてそこに赴くくらいには賑やかなものでした、この結果は学界にすぐさま提出し、今後の研究に活かすそうですが、まあずっと実験室に身をつめていたんですから、休もうじゃないか、学生なのだ時間はまだまだある、とかいう精神のもと、彼らは打ち上げというか酒飲みに行ったようです、で、そこで物語が動いたわけですが、飲み会の最中に、男が彼女にこっそり耳打ちしたのです、あとで、大事な話がある、二人だけで話したいことが、だからこのあと、まるまる駅に来て欲しい、って、それもう明らかにどんな内容言ってくるか想像できちゃいますよね、ちなみにその様子を、グループのメンバーのなかであの女の人だけ気付いていたのですが、まあこれは展開をスムーズにするための伏線ではないなにか、まあそれはともあれ、飲み会が終わり、普段理系なことばかりに頭を使っている連中だからか、二次会というものはなく、その店の前でもう解散、となったわけで、彼はまるまる駅のほうに歩いていって、あれー、そっちの方行くのー、と中の一人が訊いたりしましたが、ああ、ちょっと用事があってね、と適当にはぐらかすだけでふーんという反応でなにごともなく終わり、それぞれ自分の進む方向に歩いていきまして、で、女の人は彼女を見据え、いつ行くのか、一緒に行くと怪しまれるから遅れて行くつもりなのか、と待ち構えていたところ、なんと彼女は、彼が行った方向とまったく逆のほうへ行ってしまうのです、え、ちょっと待って、と女は彼女を呼び止めました、彼女は足をとめ、女に振り返ります、あんた、今日、告白されるんでしょ、なんで行かないの、と、女はちょっとムッとした様子で問い詰めます、彼女は俯いて、でも顔は赤くならなくて、行かないよ、と小さく答えました、なんでよ、女の声が居酒屋の喧騒で掻き消されます、好きじゃないの、あんなに好きそうな顔してたのに、急に、あの話を聞いてから、避けるようになっちゃって、なんなの、なんでなの、と女は畳み掛けます、彼女は、そこで、なにか琴線に触れたのか眉をひそめて、女を正面から睨み、じゃあ、付き合ったらあなたはどうするつもりなの、と言い放ちました、その瞬間、女は彼女が人間不信で不登校になっていたことを思い出しすべてを理解したのです、なによ、なによ、そんなに人が信じられないっていうの、あいつはあんなにあんたのこと想っているのに、あたしだって、あんたに、あいつに、幸せになってほしかったのに、なによ、なんでよ、あたしが信頼できないんだったらあいつに守ってもらえばいいでしょ、わたしが攻撃してくるんだと思ったらあんたから攻撃してくればいいじゃない、なにがそんなに怖いのよなんで信じられないのよなんで、なんで、自分のことを幸せにしてやれないのよ、三点リーダ、三点リーダ、女の懇願のような悲痛な叫びに、彼女は顔を四十五度だけ上げて、わかった、と呟きました、そしてまるまる駅のほうへ歩き、女はそれからもっと泣きました、はい、場面転換、彼女は男の待つまるまる駅前のところに着きました、そこには腕時計を眺めた彼が、壁によりかかって薄い白息を吐き出していました、彼女の姿を確認して、ばっ、と直立姿勢になります、どこか、行く疑問符、と男は前段階のようなつもりで誘いましたが、彼女は首をふって、行かない、ここでいい、と悟ったことを相手にあからさまに知らせるようなそぶりを見せました、彼はそれで、あ、と小さく声を出して、それから意を決して、交際を申し込みました、わたしはもっぱら部外者ですので、細かいことは分かりませんが、まあこんな概要で、彼女は寮に帰ってきて、なんだかすごくご機嫌で、うふふふ、とか不気味な笑いをこぼしていたりして、そのままわたしには喋りかけることなく幸せそうな眠りにつきました、それから寒い毎日が続き、次第に彼女は寮に戻ってくることが少なくなっていきました、わたしが望んだこととはいえ、わたしが当初いだいていた危惧が、直面したというのです、わたしは寂しい夜を幾晩も幾晩も過ごしました、ひとりで過ごしました、そのうちわたしはあの変態娘の部屋に泊まるようになりました、それでも彼女は帰ってきませんでした、実はそのころ、別に彼女とそ彼氏はずっと家に入り浸っていたわけではなくて、実際のところ、あまりそういう色めいた展開は停滞していて、彼らは実験室に缶詰になっていたのです、ミトコンドリアに作用することに一度成功したわけですが、それを繰り返してみようにも、なんと二度目も三度目もきちんと作用しないのです、つまり彼らの思惑や推測の域を脱したあたりに、作用した要因があり、いえ原因があり、主原因があり、それを見つけ出さねばならないので、しかも一度は成功したことですので、そう簡単に引き下がるわけにもいかず、生徒に限らず研究職の人も強力するようになったはいいものの、一向にその意図せぬ成功の原因というものの正体を掴めずにいるのです、それを見つけるまでは、もしかしたら今年度中はずっと、彼女は帰ってこないのかもしれません、なにその重労働、彼女はけれど、すっかり人間というものに慣れたようで、心配なのはむしろ、彼女のほうではなくてわたしのほうかもしれません、主にわたしの貞操的な意味において、わたしは寂しいから、自分の部屋でないところでこうして眠っているわけですし、そこはわたしと彼女の部屋と同じく二人部屋で、既に二つのベッドは埋まっているので、必然的かどうかは理解に苦しみますが、わたしはあの変態娘とベッドをともにすることになり、だからまあ、わたしったら大変な状況におかれているのではないかしらと悩んだまま、わたしも抱きしめ返して眠るわけですよ、さてところで研究に明け暮れている彼らがどこで眠るのかといえば、男女別れて仮眠所のようなところがあって、彼らはそこで充分とはいえないぐらいの睡眠を取っているわけなのですが、さてその夜のひとかけら、彼女と彼が逢い引きしたような出来事をひとつ、仮眠所からそれぞれ抜け出した二人は、その棟の屋上に上って、星を見ながら、並びました、物理的ないちゃいちゃはなく、おしゃべりをしているような、軽い様子で、すっかり慣れた様子で、親しい様子で、手と手を載せて、星を眺めて、なにを話すかと思えば、実験のことで、彼女が言うのです、ミトコンドリアから一旦離れてみたほうがいいんじゃないかな、と、その言葉に、男は食いついて、なぜだい、と聞きます、だってさ、ミトコンドリアを使ったときに成功したというだけで、ミトコンドリアを使わないといけないなんてことはないんだもん、それよりも、ミトコンドリアを粒子レベルにまで分解して、その粒子の種類ひとつひとつを情報素に照らしてみたほうが、いいんじゃないのかなーって、でも、そうしたら生物の範囲を逸脱してしまうじゃないか、それだと本末転倒だ、細胞内の小器官を媒体に使うことで、情報素の展開に役立てるんじゃないか、粒子にまで戻すとなると、違う、違うの、人間だって、生物だって、分解してみたら粒子になるじゃない、だったら粒子も、細胞のなかのものって考えたらだめなのかな、一旦、引いてみようよ、時間の無駄遣いかもしれないし、莫迦な考えかもしれない、言うとおりそれが成功したとしても直接的には成果に繋がらないと思う、でも、それでも、なにかの鍵には、なにかのきっかけにはなるはず、実験に無駄はないよ、無駄になるのは時間ではなくて、お金と資材、それに、んっ、男というエックスとエックスの生き物はどうも、論理的であるとやらのシンボルを持ちながらも非論理的な衝動に駆られることがあります、彼女の唇をふさいだ彼の唇は、そのまま彼女の体全体を傾かせ、屋上の床に背中を押し付けて、押し倒して、んっ、んっ、んふうぅ、翌朝、研究チームはエーとビーとシーに別れ、エーはミトコンドリアでの実験を継続、ビーはミトコンドリアを粒子にまで分解してそれを情報素で作用できないか試みる、シーは染色体を用いてみることになりました、男の発案でした、男はビーを志願してその班長を担当しました、彼女はところがシーを望みました、男がなにか、彼女に話しかけようとしましたが、彼女は見向きもしないで無視をします、彼女は怒っているのです、昨晩、途中で冷静になった男が、ごめんと謝りながら結局なにごともせず、まーわたしにとっては万々歳、というか全年齢作品の展開的にお約束な気もしますが、しかし邪魔が入ったわけではなくて、男がいわゆるチキンだったわけでしてことに至れなかったわけです、彼女はそういうわけで怒っていて、男を置いて屋上からさっさと帰ってしまった次第、それから口をきいていないことになります、さて実験のほうはといいますと、なんと、彼女の言っていたとおりで、粒子レベルに分解してみると比較的容易に、あっけなく、情報素と粒子は共鳴したのでした、きっとあの一度目の成功のときは、その粒子の共鳴が同時的かつ多発的に起こったことにより、ミトコンドリアそのものに影響を及ぼしていたのでしょう、となればあとは、その、同時的かつ多発的、を解明し応用化できれば、万々歳なわけです、あっけない成功ではありましたが、徐々に人々のなかにも喜びの感情が芽生え始め、発案者とされている男は拍手喝采を受け、賞賛されはしましたが、男は正直に、いや、もともとこれを考えたのは彼女なんだ、と弁明しました、ところがその時点では既に、まわりの人たちは彼らが一時的な不具合の関係にあることは承知していたので、またまた、手柄をプレゼントしても、女は喜ばねえよ、もっと目に見えるものじゃないと、などといらないようないるようなアドバイスをくれるだけで、男の言葉を信じてくれる者はなく、研究は本格的な学者たちに主導権を譲渡されると同時に、男は学生としてはけっこうすごい賞を受賞しました、その授賞式のおり、男は今度こそ、と彼女を強く呼び止めて、来てくれたんだね、と言いつつ優しいいつもの心象も失くすことはせず、でも、どこから話せばいいか分からなくて、男も科学に生きる人間でありますからどうやら初心だったようです、手柄の件は、本当に申し訳なかった、本来ならきみが受け取るべき賞なのに、と言ったところを、彼女は、九十九パーセントの努力は、一パーセントの発想の前では塵芥にすぎないけれど、その発想を活かすにはパーセンテージでは計れない運と人脈が必要だということを忘れないで、その賞を勝ち取ったのは明らかにあなたなのだから、でも、それでもきみに、お返しをしなければ気が済まない、と、男が言ったところで、彼女はにやり、語るになんとかというやつです、それを言わせることに成功した彼女は男を真正面から向き合って、言うのです、お詫び、してくれますか、頬を染めてそう言うのです、男は、もう彼女のほうからこんなにアタックされているのです、引くわけにはいきません、優しく彼女の両肩に、腕をまわしました、三点リーダ、三点リーダ、さて、これにてわたしが考えたイフのストーリーは終わりです、もしあのルームメイトが生きていたなら、わたしが平凡な学生であったなら、訪れたかもしれない架空の未来、彼女には恋をしてもらいたかったなぁ、はぁ、わたしが以上のとおり書いた彼女の恋物語は、もちろん架空で、妄想で、虚構なのでありますが、この虚構が、わたしの心の肥やしとなって、永遠にわたしという存在のなかで行き続けていくと思うと、虚構というものも決して空虚なものではないのです、まあ、彼女は永遠にわたしのなかで生き続けている、なんてことは言いませんけどね、ただわたしという存在が朽ちようとも、いえ、だから、わたしももうすぐ死ぬんですから、彼女のことをこうして虚構のなかに落とし込めたことは、罪滅ぼしとはならないでしょうか、わたしの最後のこの一文は、人類のためとか、未来のためとか、そういうものではなくて、現在のわたし、わたしのための、罪滅ぼしの物語なのですから、あはは、でもね、まだ死にたくないんです、この一文が終わるまではまだ死なない、まあ、おなかはすっかりペコペコで、衰弱している感はありますが、ありがたいことにこれを書いている椅子のそばに、ホテルに設備されている有料の飲料水があったので、まあ、ただ飲みになっちゃいますけど、それを飲んでいればさほど苦しいってわけでもないかな、体は明らかに弱っているけど、とか、そんな感じです、手が届く位置に水があるという幸福、死を直前にしてそれを悟るとは、人生、なにが起こるかわからないものです、ところでもう記憶も定かではなくて、もしかしたら先ほど、あなた、の話をするときに、すでに書いたかもしれませんけど、一文目、実際のところの二文目のはじめらへんのところに、まあおっしゃるとおりであるのですが、っていう言葉を見つけたんですよね、さっきは気付きませんでしたが、もしわたし以外の意思がわたしの文章を操作しているとして、その場合、なぜこの会話のような、まあおっしゃるとおりであるのですが、という言葉が出るのでしょう、ここでわたしの推測ですが、もしかしたら、その意思とは、単一のものではないかもしれない、と思ってきたのです、わたしの文章をそのとき操作したなにかが、また他のなにかに、言葉を発して、それが文章に表れたのではないかって、ね、なんかそんな気がするでしょう、それがなになのか、なにがなになのか、まったく分かりませんが、まあ、罪滅ぼしは済んだので、これから書いている文章はわたしの単なる延命行為、自守行為なわけですので、意味はあまりないのかもしれないし、あるのかもしれませんけど、でも文章の価値というものは、実質のところ書き手よりも読み手のほうが理解し計上できるものではないかしら、とも思うんですけど、ああ、ルームメイトの物語を書いている間になにか書くことが思いつくかな、と思っていたのに、そんなことまったくないんですね、悲しいなあ、わたしってそんなに薄っぺらい人生を生きていたのかなあ、宗教から逃げて親から逃げて、学校で人間不信の女の子と出会って、それから平凡な毎日をすごして、それで、いつからだったろう、わたしは文章を書くことを決心して、そして、すべてが崩れた、冷たい目線を浴びて、ただあのルームメイトだけはわたしを面白がってくれて、それから、あまり物事を考えないあの変態娘も、理解を示してくれて、その前代未聞なわたしの決心に、学校側は戸惑いながらも特赦を出して、授業は大幅免除され、わたしの将来はゴミ箱行きが決まりつつ確約され、そして書いて、書いてたら友人を殺してしまった、理解人のあのルームメイトを無意識に過失で殺してしまって、ついに学校側もわたしを扱いきれなくなって、追放されて、父親がかつて牧師として勤務していた教会に行って、そこで温かい真実を知って、父親からの手記を読んで、それから、それから、いま、こうして最後の一文を書いている、こうして振り返ってみると、そうですね、わたしって案外、特異でもなくて、平凡な人間の一人だったのかもしれません、なにを思っていたのだろう、なにを傲慢になっていたんでしょう、わたしは人間でしかなくて、人間とは人間で、ああ、ああ、ユートピア宣言により人間は知りもしないなにものかに脳内を侵食され、わりと自由にそれまでのような生活を送れているようですが、それはもはやその存在の手の平の上で、踊っているだけで、道化で、ピエロで、しかも無償の、見世物小屋の、ああ、ああ、わたしは死にたくない死にたくない死にたくない、いやだ死にたくないのですからわたしはなにかを書かないといけないのになにも思い浮かばないのはわたしが、死にた、くないから死にたくない余裕がないなにも思いつかない青空のした、ああ、いまのなにこれ、ああ、あ、あ、落ち着いて、だめ、落ち着いて落ちて浮いてだめ誤字落ち着いて、そう、落ち、着く、そう、大丈夫、わたしは大丈夫よ、これまでたったひとつの苦難に頑張って耐えてきた、わたしは大丈夫よ、生きているの、まだ生きているの、生きているなら希望だってあるじゃない、いまの状況にはまだ希望があるのよ、だって生きているのだから、生きているのだから、生きているのだから、そうだ、わたしはなにか、なにか希望を見つけないといけない、見つけなきゃ、わたしの希望、でも、椅子に座った状態でどうやって、もしここで、わたしが椅子を立ったとして、執筆を中断したとして、そうしたら文章は終わるのでしょうか、わたしは死んでしまうのでしょうか、それとも、書きかけの文章は書きかけとみなされて、わたしがこの部屋に戻ってくるまで待っていてくれるのでしょうか、それを試す価値はあるのでしょうか、ここに座って書き続けるのと比べて、どちらのほうが価値があるのでしょうか、わたしはまさかこの局面において岐路に立たされるというのですか、でも、でも、もしわたしをこの文章が待っていてくれるとして、そうしたら、わたしは本当にいつまでも生きることができることになってしまいますよ、だってわたしは、席を立っている間に、ごはんを食べることができるということなのですから、あはは、あはは、だとしたらどんなにぬるゲーなのでしょう、わたしの人生、こんなにイージーモードだったのですか、とか、そんな思考に陥ってしまいますし、それに、わたしは、わたしは、こんこん、と、たった今ドアをノックされました、え、え、お、どうやらホテルの従業員のようです、どうぞ、とわたしは声だけでドアを開けました、いや実際にあけたのはわたしじゃなくて従業員のほうなのですけどね、どうやら従業員の方、わたしが顔だけ彼のほうを向いて、ずっとキーボードを叩いているものだから、少し不気味に感じたようです、少しだけ表情をゆがめました、すぐに取り繕いましたが、それで、えっと、どうされたんですか、とわたしが言うよりも先に、彼は、あの、チェックアウトのお時間はとうに過ぎたのですが、って、ああそうか、もともとの滞在予定日数に達していたようです、わたしは、延長します、とすぐさま答えました、どうも、書く場所を選ぶべきでした、延命しようにも、寿命が尽きる前にお金が尽きてしまうようです、はあ、そうですか、と彼はわたしの手元を見ながら答えます、もしかしたら文章を書く人なんてものを見たのは人生初なのかもしれませんね、彼にとって、はい、そしてこれは、早速訪れたわたしへの希望でもありました、あはは、だって、彼に頼めば、あの変態娘と連絡が取れるし、そうなれば今までの悩みも打ち砕いて椅子に座ったままでもごはんが食べられます、あの、と、わたしは出て行きそうな彼を呼び止めました、こうして見るとなかなかの美男子ではありませんか、イケメンは好きですよ、わたし、でも、その瞬間に、わたしの中を走馬灯のように駆けて、わたしは彼に、いえ、なんでもありません、と言って彼を返したのです、そしてドアが閉まり、彼はもういなくなり、わたしはまた孤独のなかを、生きて、あはは、希望を自分で捨ててしまいました、だってあのとき、一瞬、わたしの脳裡にルームメイトの笑顔が浮かんだんですもの、たとえば死者の国というものがあって、彼女もそこに暮らしていたとするなら、わたしは、罪滅ぼしを済ませたいまのわたしなら、また、彼女と対面する資格があるのではないかしら、わたしはまた彼女と出会えるのではないかしら、命を投げ捨てるだけの価値はあるのではないかしら、と、わたしはなにを求めているのかもわからないけれど命はあったほうがいいのだろうけどでももし、わたしが自分の死にタイミングをはかることができるというのなら、そしてそのタイミングというものが本当にあるのだとしたら、寿命とは別に、わたし自身が死を選択できるタイミングというものがあったのだとしたら、それは今、なのではないかしら、ねえ、ねえ、あなた、はどう思うの、もしそこにいるのなら、教えてよ、わたし以外の意思、わたしの文章をわたしの意思で操作しようとするなにか、あなた、のことよ、あなた、よ、あなた、はどう考えているの、あなた、は知らないの、これをどうしたらいいの、あなた、は、あなた、は、どこにいるの、あなた、も死者の国の住民なの、それともその国の国王なの、あなた、とはなんなの人間なのそれとも幽霊なの宇宙人なの地底人なの海底人なの新人類なの、それとも、あああ、ああ、あ、ああ、あああ、あ、あ、ああ、ホモサピエンスサピエンスがかつて新人類だった時代、そのときの旧人類であるホモネアンデルターレンシスやホモローデシエンシスが淘汰されたのはいうまでもないことであるが、その淘汰とは決して過程ではなく結果であるということを理解せねばならない、排除ではなく淘汰なのだ、あれ、なにこれわたしこんな文章書いてないのに、進化とは決して性能を良くすることではない、進化とは生き残りの結果だ、過程ではない、結果なのだ、なにこれわたし、受けつ出す、毀れる、破壊、衝動、わ、たし、はな、ぜどうしてなにを理解しているのだろうわたしはなにをしているのだろうもしかしてこれはわたしが書いた文章なのではないか違うわたしはこんな文章書いていないいいやこれはわたしが書いた文章なのである違うよ違うんだよ人間の記憶というものは確約のない実存のないものであり簡単に歪曲できてしまう代物だなによわたしはこんなに賢い文章は書けないしそれにわたしはホモなんとかとかそんな名前知らないし当然わたしが書いたものじゃないことくらいいいや人間は自らの知識をすべて把握できていないだけなのだならばわたしはなぜ三つの物語のうちの三番目であるあの宇宙を壮大に扱った物語を書くことが出来たのだあれは科学的知識が必要不可欠であっただろうそうではないのか違うよあれは資料を読んでそれをほぼそのままトレースしただけであって決してわたしが培った科学知識で書いたものなんかじゃないんだよそれを立証することができるのはわたしの記憶のみであり記憶の歪曲は容易であると言ったとおり記憶は証拠とはなりえないなによ、あなた、はこれはわたしの文章なのよなぜ、あなた、はわたしのことをわたしと呼ぶのわたしはわたしだけど、あなた、にとってわたしはわたしではなくてあなたなのよわたしにとって、あなた、が、あなた、であるのと同じように、あなた、にとってはわたしはわたしではなくてあなたであるべきなのだわわたしは決してわたしなどではないがそもそもわたしたるものを確立しているものはわたしという存在と第二の対象者すなわち、あなた、でしかないのだわたしは考えねばわたしの存在を立証できないというのにそのわたしは鏡を見なければわたしの存在を確認することはできないのであるいやよわたしはわたしなのに否わたしは不確定の猫でしかないのだ可能性でしかないのだわたしは実存しない生死の狭間など存在しないわたしは生きているのわたしは生きている人間は自身の生まれたばかりの記憶を検索できないなぜならばわたしは生まれたばかりのわたしは、あなた、という相手という存在を無知であるがゆえに知覚できていないからわたしの存在を確認できずそれが記憶に蓄積されずわたしの存在しない空間においてわたしの記憶というものは機能しないからだ、あなた、は間違っているわたしはここにいるここにいるその実感さえあればそれでいいのみんなそうやって生きていたのそれなのに、あなた、はそれを壊すつもりなのわたしは自分が生きていたことだけは希望があったことだけはずっと信じてきたのよいいやわたしは信じてなどいなかった誰も信じてはいなかったわたしは自身の存在を確信してしまいその瞬間にはわたしというものは虚無と化して虚空を漂う粒子でしかなかったのだわたしは粒子なのだ分かったわ、あなた、の正体は粒子だったのねだから文章を書く人間すべてに介入することができたんだわだって人間というものはかならず粒子を含んでいるもの、あなた、はこの地球すべてをいえ宇宙のすべてを、あなた、のものにしようとしているのだわいいやそれは間違いだわたしは大いなる間違いを犯している、あなた、は決して全宇宙を、あなた、のものにしようとはしていないなぜならば既に最初からこの世は、あなた、の粒子のものであったからだわたしがいないところというものは他のわたしがいるわたしの存在に他ならないいいえ絶対にわたしは、あなた、を許さないこの文章はわたしのものであるべきなのそして人類は人類であるべきなのよ決して人類の主権は粒子にはないわ人類は人類のものであるべきなのよそれは詭弁であるわたしも先ほどわたしのルームメイトであるわたしを主人公にした虚構においてミトコンドリアを分解したではないかそしてそれが成功の兆しではなかったか万物は粒子に確約され粒子に集約され粒子に存在するのが道理なのだ、あなた、は今すぐにわたしから消えてしまわないといけない早くわたしの目の前から消えてわたしの文章からいなくなってわたしと、あなた、の文章がごっちゃになってなにがなんだか分からなくなっているじゃないいやわたしは確かにわたしの文章を受けてからいわば一問一答式で文章を進めているこれに気付かなかったとはまさか言うまいわたしのニューロンは確かにその方向に電流を流しわたしは脳下垂体からアドレナリンを振り絞っているそれはわたしが確かにわたしを実感している証拠だそしてわたしが鏡を見ねばわたしの存在を確認できないようにわたしもわたしの鏡を通してわたしの前に存在しているのだわたしは実存しているのだそれがわたしとの違いださらにいえばわたしの目の前からわたしが消えるとすれば残るものはなにもないわたしの嘆きや文章というものはもはや無意味な娯楽でしかないのだ確かに娯楽というものの効果は理解しているがわたしはもはや娯楽を娯楽としてではなく記録というまるで文学をしているような今はなき文学の世界を生きているようだがそれは詭弁なのだわたしはわたしはわたしはわたしはもうだめこの文章を終わらせなきゃわたしがわたしじゃなくなっちゃうそうね、あなた、はこうして五文目の最後に現れては人間を苦しめて死に追いやっていたのねそうはいかないよわたしは、あなた、が、れ、は、え、り、る、あ、み、の、違う違うそうだ父親の五文目はこんなに乱れたものではなかっただったら、あなた、はわたしにだけ攻撃をしかけてきたのもしかして父親が言っていたことは本当なのわたしは救世主だったのわたしは異世界を生きる勇者だったとでもいうの魔王を倒す唯一の存在だったとでもいうのだからわざわざ、あなた、が攻撃しに来ているとでもいうのだったらわたしはどうすればいいのわたしはただこのまま文章の主導権をわたしに譲ればいいそうすればわたしがわたしの歩むべき最後の一文を書いてさしあげようああ分かったそうだそうよわたしの父親はやっぱり屑のような人で五文目の一文字目から粒子の意思に操られていたのねそうだわそうよわたしの記憶のなかの父親と手記のなかの父親がずいぶん違った印象だったけどそうよ、あなた、の仕業だったんだわだったらわたしはわたしであることを意識しなければならないんだわわたしが救世主だとは思わないけれど世界を救っていいのは救世主だけではないのよ最終的に世界をすくった者が救世主と呼ばれるのだわ救世は過程ではないの結果なのわたしは、あなた、をこの文章から追い出してみせますそしてわたしは生き続けてやる、あなた、なんて怖くないしかしわたしは大いなる間違いをまたもや犯しているのだわたしは粒子であるからにして思考能力を持たないというのに思考し意思をもち私を攻撃しているというこの状況においてわたしは考えねばならないわたしが敵対しているのは果たして粒子なのかいいえ、あなた、は粒子よそして、あなた、は粒子であるから本来は意思を持たないはずだけど、あなた、は今わたしや人類や地球や宇宙に入り込んでいるじゃないのだとしたら、あなた、はその中の思考機能を使えるはずよ、あなた、は今だってわたしの脳を記憶を介してまるでしょうけーすみたいにわたしを利用しているんだわそれくらい分かるものだって、あい、あむ、しょうけーす、ああこれもまたわたしの意思ではなかったのかしらいいえ違う地球も訴えかけているわたしを介していま地球意識が変態娘のいた地域で使われている言葉すなわち共通語で訴えられた、あなた、の敵は全宇宙よいくら、あなた、が粒子だからといって図に乗らないでわたしは全宇宙を味方にして、あなた、に宣戦布告しますわたしと戦いましょう、あなた、はわたしの敵であり全宇宙の敵なのですああ地球の声が聞こえるああ死者の国は本当にあったんだねわたしの愛しきルームメイトああああなぜだなぜわたしの意思が届かないわたしはわたしの支配下にあるのだわたしはいいえ違うわわたしは、あなた、を包み込んでいるのよそれを知らないで言っているの、あなた、はただの寄生虫にすぎないのよ今からわたしは全宇宙とともに、あなた、を駆除するのこれは結果ではなくて過程だわ淘汰ではなくて排除なのそのためだったらわたしは死んでもいいいいえ地球が教えてくれたの死者の国は実在するっていうことをそしてその世界においては粒子の制約は受けないのだということをそして死後の人間は死者の国においてもこの粒子のはびこる世界においても自由に動けるということをそう、あなた、はわたしに負けるのよだからもうこの文章は終えてしまいます粒子という寄生虫が入った袋を捨てるにはその袋すなわち命を捨てることが一番ラクな方法なのですもの、まあおっしゃるとおりであるのですが、ってことだったのよ。
第三部へ←→第五部へ

トップへ戻る目次へ戻る