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僕と彼女と猫の事件簿


0.
「にゃお、」
「うにゃーん」
 そこに、猫はいた。

1.
「で?」
「『で?』じゃなくてぇ、だから遊ぼうよ」
 ここは兎富(うとみ)荘というボロアパート、の電話機の前。
「みっくんってば、ずっと家にこもってんじゃん。引きこもり?」
「……」
「みっくん人付き合い悪いよ。そのうち一人ぼっちになっちゃうよ」
 電話の相手は陽迂(ようう)大学の同期、一花由佳璃(いちばなゆかり)。なぜか僕に付きまとっている1回生。
「ジャホウ島っていう無人島があるの」
「『ジャホウ』じゃなくて『蛇俸』だ」
「え!?何っ?テレパシー?」
「いいよ。一緒に行こう」
「えっ!本当?わ、やった。みっくんありがとう!」
 詳しい連絡は授業でね、と彼女は受話器を置いた。
 7月28日、試験期間最終日のことである。

2.
 8月18日。
 夏休みになったというのに授業で会おう、とかなんやらで、十日ほど予定が遅れた。今、僕は由佳璃と船に乗っている。ひとつ、驚いた。
 僕と彼女だけだった。
「他は?」
「他?」
「いや、だから瞳とか恵とかマイケルとか洋二郎とか……」
「別にもとから誘ってないけど」
「は?」
 どういうことだ。
「なんで……、僕らだけなんだ?」
「二人じゃダメなの?」
「ダメだろ……普通……」
「何で」
 急に彼女は強い口調でそういった。
「まぁ、そこまで言うんなら特に気にしない……?けど。今頃どうこうできないし……」
「みっくん、無人島で何しようか」
「決めてないのかよ」
「うん。何をしたらいいんだろう、3日間」
 あれ……。
「由佳璃、ちょっと失礼なこと言うが、どこに泊まるかとかちゃんと考えてるんだろうな……」
「みっくん、『…』よく使うね」
「逸らすな」
「大丈夫だよ。ちゃんとみっくんの寝袋も持ってきたから」
 嘘だろ……。3日間、か。
 このときはまだ、そりゃそうだが、そこまで真剣にとらえていなかった。2か月前、由佳璃は蛇俸島に別荘があるとか言いふらしていたのを僕は覚えている。何がサプライズだ。まぁ、このまま騙されたふりでもしていよう。
「おぉい、着いたぞ。いつまでもそうイチャつくな」
「……」
「別にイチャついてなんか、かかないよ」
 ムッとしたような、オドケてるような表情で僕の代わりにそう由佳璃は言った。まぁ、僕は「……」しか言わないけど?
「えっと……。おじさん、ありがとうございました」
「?」
 船長(船員は彼一人だが)は、分からないというように「?」を繰り返した。
「何言ってんの、みっくん。おっちゃんもくるんだよ」
「お前らとは別行動だがな」

3.
「で?」
「えっと、」
 僕の目の前には、何がある。何がある?
「みっくん」
 由佳璃が僕の裾を強く音もなく引っ張る。
 そこには……別荘は……、ズタズタに……。
 壊れていた。
 潰れていた。
「まるで……ゴミ山だ……」
 なんか、物語の展開はやくないか?

4.
「とりあえず、おじさんを探そう」
「うん」 
 kokokara、tenkaihamottohayakunaru。
 船は/……。ズタズタに……。
 おじさんは/……。ズタズタに。
「は」
「うにゃーん」
 そこに、猫はいた。
 血まみれの、元気な、猫がいた。

5.
 たいていは、こういう時、気絶が主だろう。だが、彼女がそうさせなかった。
「逃げて!」
 僕らは、僕と一花由佳璃は、逃げた。
 なぜか。分からない。
「化け猫」
 由佳璃はそう言った。どこかの浜辺にて。
「純粋なタイプははじめて見た。時代遅れって感じの怪異ね」
 由佳璃は続ける。
「人を喰い、いや、人の何かを喰い、殺す。あや、殺してから喰うのかな」
「………………お前は誰だ」
「? 由佳璃。みっくんの彼女……」
 死体を見て、狂ったのだろうか。こういう思い込みは彼女のためにも早めに解いたほうがよさそうだ。
 でも……。ショックが大きいのは……より大きいのは僕の方だった。
「うん。そうだね。大正解だ」
 そう言うと由佳璃は、あろうことか僕に抱きついてきた。
 もうどうにでもなれって―あぁ僕も狂ってる―彼女の背中に手をまわす。
「見ろよ。あいつら、抱き合ってるぜ」
「あれがウーの言ってた堕落か」
 声が聞こえる。僕の真後ろ。
「由佳璃、僕の後ろに誰かいる……。気づかれないよう見てくれ」
 由佳璃は僕の首のあたりから、そっと向こうを窺う。
「みっくん。冗談はここまで。ヤバいよ。今」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うわっ!ブーが来る!逃げろ」
 後ろからの声はそう言った。
「みっくん」
「何だ」
「大好きだよ」
「……」
「絶対に生きて帰ろうね」
「あぁ。当たり前だ」
「うぅ」
 後ろからの声が代わった。
「おい!お前らいつまで堕落してんだ。逃げろ」
 前から……、由佳璃の後方から声がする。僕はその方を見る。
 猫だった。

6.
 ここはどこだろう。森?
「みっくん!」
 いきなり視界に由佳璃が出てきた。
「うわっ!」
「やった!みっくん生きてる!」
「おぉ、起きたのか」
 ? もう一人いる……
 猫。
「一時はどうなるかと思ったわい」
 猫が……
「喋った!」
「そうだよ。猫は喋るんだよ、みっくん」
「まぁ、正確に言うとこの島生まれの猫だけ喋れるんじゃ。人間の言葉をな」
「えっ?この島は魔法島なの!?」
「おもしろいお嬢さんじゃのぅ」
「とりあえず、教えてくれ」
 コンガラガッタ頭脳で言葉を絞り出す。
「何がおこったんだ」
「ブー」
「ブー?」
「名前だ。我々はそう呼んでおる。そのブーというバケモンがありとあらゆる『生き物』をズタズタに壊しておる」
 生き物……??
「由佳璃の別荘は?生きてる訳じゃあるまいし……」
「まぁ、話を聴け」
「……」
「あの建物に、何かおったんじゃ。そいつを壊すためにブーはそれを壊した」
「何かって……、何だ?」
「目下捜索中じゃ」

7.
 あの後、1足す1が2になるようなことがあって―人間不信の猫が多いようで―やむなく僕と由佳璃は猫の部落を立ち去(立ち退)った。ちなみに、いろいろと僕らに説明してくれた猫はウーという名で、部落一の物知りらしい。どこから持ってきたのか、寝袋(人工)をくれた。ひとつ。
「……と、いうことで」
 現在、寝床捜索中。
 由佳璃はというと、さっきから何も言わずにただ僕の後に連いてきている。
「一花」
「由佳璃って呼んでって言ったでしょ」
「……由佳璃。ウーの話、どこまで信じる」
「全部」
 即答。
「ここでいいんじゃない?」
「うん?何が?」
「寝床」
 浜辺。潮が満ちても届きそうにないトコ。そういえば寝袋があったんだっけ。
「でも野宿すぎないか?」
「森で虫に襲われるよりはマシだと思うけど」
 襲われるって…………。
「よし、寝袋は由佳璃が使え。僕は適当な何か探してくる」
「みっくん、バカ?」
「?」
「この寝袋二人分の大きさだよ。だからウーちゃんもひとつだけくれたんじゃん」
「!?」
「ほらほら。抱き合った仲じゃん♪もう寝ないと明日キツいよぉ」
「楽しそうだな……」
「みっくん『…』使用禁止条例を制定する」
 このときの由佳璃は、本当に楽しそうに見えた。ひとが死んでいるというのに、てこれは何の伏線だろう。
「みっくぅ~~ん」
「……何だ」
「あっ。『…』使ったね。もう。『大好きだよ』はお預けだね」
「ならその後僕が言う台詞もお預けになるのか」
「349足す468引く100は!?」
「えっと、7百……」
「はい時間切れー」
 楽しい。実に愉快だ。人が死んでいるというのに、猫が喋っているのに、家が壊れているのに、船が……。
 船が……?
 壊……、
「帰れない」
「うん?みっくん何て?」
「帰れない」
「今頃気付いたのか。人って無能なんだな」
 後ろから声がする……。由佳璃は後ではなく前にいる。
 僕は、振り向いた。
 そこに、猫はいた。

8.
「俺はブー。東京では『じぉー』って呼ばれてた」
 ウーの言っていた印象とは随分違った。まぁ、人間にしても、猫にしても話してみれば案外いいヤツってことはよくある。物知りは偏見や差別はしないという考え自体が偏見なのであり、差別なのだろう。
「お嬢さんの別荘を壊しちまってすまなかったな。あそこには意味の解らんバケモンがいるんだ。たぶんまだいるだろうよ」
「具体的には、どんなやつなんだ?」
「分からん。姿を見てないからな」
「見てないのに化け物と称するのか」
「見てないからバケモンなのさ」
 影も捕らえられなかった、とブーは呟いてムスッと立ち上がった。
「まぁ、あんたらはとにかく首を突っ込まずに静かにしてろよ。……東京に帰してやるから」
 僕らは兵庫に住んでいる。まぁ、今回はスルー。
「じゃあな……会えるならまたな」
「待って」
 彼女がひきとめた。
「ひとつ訊いていい?」
「何だ」
「あなた、猫?」
「………………にゃおん」

9.
 朝。
 結局あのあと由佳璃曰く二人分の寝袋で僕と彼女は眠った。……のは彼女だけで、ぼくは寝ていない。
「うぅ~ん」
 寝返りというおそろしい行為をいちいち音声付で行う由佳璃。
「……」
 眠れるわけねぇだろ!
「う、うんぅ」
 隈を作るといわれる音を発し、彼女は眼を(瞼を)開けた。
 開いた。
「きゃ、きゃあ!」
 僕を見るなり跳び起きる由佳璃。
 と、そこで辺りを見廻し、現状況を思い出した(今まで忘れていた)かのように「あぁ」と呟いてゆっくりと僕に眼をやる。
「みっくん、私に何かイタズラしてないよね」
「してない」
 即答。……由佳璃が疑わしげな目でこちらを睨む。そんな目で見ないで……。
「じゃぁなんで服がこんなに乱れているのかな」
「……」
 寝返りを10秒に一度の間隔でされたためです。はい。
「寝込みを襲うなんて、ひきょう者!変態!」
 どうも由佳璃は低血圧さんのようだ。て、なんかいまヤバいシーン?
「誤解だ」
 1分遅れて否定開始。
「何をしたの。どこをどうしたの。おい答えろ変態!」
「何もしていない。ただ君の横で寝ていただけだ」
 いや、それも明らかな問題だけどぉ……。
「みっくん」
 お、脱変態!?
「キスしてあげよっか」
「……はい?」
「は、『はい』だなんて、みっくんそういうキャラだったっけ」
「『?』はどこいったんだよ!」
 と、その時には既に僕の唇と彼女の唇が重なっていた。
 ……俗にいう「キス」とやらである。
 な、な、ななななななんあな!なんと!
 これは何だ!
 何秒たった?時が止まるってこのことか。
 僕の体は固まっている。風も止まった。日光があと8分で途絶える。とお、海が干からびてから彼女は唇を放した。
「これでおあいこでいいよ。許してあげる」
「……」
「そう!それよ。『……』はこういう超感動のシーンで使うの。みっくんやっと気づいたんだね。エライ!」
 明らかに意味不明難解深長なことを彼女、一花由佳璃はおおせになったが……何だこの八字熟語。
 いや、にしても随分と脱線したな……こっからどう物語を続けるんだろう、ここで終わりフィニッシュ!でも構わないけど。
「それはだめでしょう」
 由佳璃の反論。
「それじゃあただの変態文じゃん」
「新種つくるなぁ!」
「あ、怒った。怒った?」
「何だよ『へんたいぶん』って」
「ちがうよ。『こいぶみ』って読むんだよ」

10.
 さっきのは夢だったのだ!
 なんて過激な夢だったろう。もう一生見たくない。章を替えることにより無かったことに……おっと、さっきのは夢だったのだ!
「ここだよ、みっくん」
 森の中、のよく解らん広場的なトコ。に着いた。
「なにが『ここだよ』だよ。ただ適当に歩いてただけじゃねぇか」
「あれれ、みっくんなにふてっちゃてんの」
「で、何がここなんだ?」
「私のお父さんのお墓」
 淡々と?坦々と由佳璃はそう言った。その姿は、まるで儚くて容易に壊せそうで……。
 美しかった。
 あぁ、なんでこの物語、こんなにも展開が早いのだろう。もっと彼女と共にいたい。人が死んでも、笑い合っていたい。前章、全部本当だから……。
「夢だよ。全部、夢」
 僕と目を合わさない。
「一昨年、お父さんね、殺されたんだ」
「は」
「今日が命日。だからみっくんだけ連れてこんな危ない所に来たんだ。ごめんね、みっくん。生きて帰らせてあげるからね。すべて終わらせてあげるからね。キスもしてあげたからね。おんなじ大学に入学したからね。電話番号勝手に聞きだしちゃってごめんね。みっくんごめんね。ごめんね。私あなたの本名が知りたいんだ」
 そこでやっと、彼女はこちらを向いた。目を合わせた。
「あなた、誰?」
「……」
「あなた、誰?」
「………」
「あなた、だれ?」
「…………」
「Who are you?」
 僕は、駆けた。逃げた。なぜだろう。体が勝手にそうした。
 僕は――
 僕は、誰なんだろう。


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© 2008 Kobuse Fumio