-


トップへ戻る短編一覧に戻る


長い長い夢


「回想/現実/虚構における精神状態/  /」

回想/kcabhsalf

 むかしむかし――(あるところに)――非常に貧乏な男(♂)が、独りで――すなわち男は群れから離れ単独で行動する個体だった――寂しく(主観的観測による:感情)暮らしていた。
 男は、いつものようにeach day釣りに行くつもりであったが、その日は久方ぶりに狩りに行こうと考えを改め、古い矢と弓を持って山(標高不明の)に出かけた。山は以前よりも険しくなっており(標高が高くなったのではない:風化と侵食により勾配が急になった;あるいは男が歳を取ったことによる肉体的疲労の感じやすさのためと推測される)、男はすぐに息が荒くなった(=疲労した)――(男の「はぁ疲れた」という発音は疲労したことを意味している)。
 そのとき――(「はぁ疲れた」の数秒後)――イノシシ(♀)が走っているのが見えた[眼球]。男は疲れも忘れて(観測による無意識的変化:元気付く)イノシシを追いかけた。そのまま(休みなく)(走って)追いかけると、小さな洞窟があった。中を覗いてみると、どこかへ通じているらしく、向かい側から光が差している。通り抜けた空間には、不可思議な(主観的判断)生き物がたくさん(主観的判断)いた。
 遠くのほうに(数値不明)、あのイノシシが見える。男はイノシシを追いかけようとするが、不可思議な生き物(A)が邪魔で進めない。男は不愉快な気分になり――[翻訳]町で見知りの人を見かけ、声をかけるも無視されてしまったような気分――、「よし。それならばこの変な奴を捕まえてやる」。ウサギのような耳、ゾウのような牙、ハエのような目をした、トラに翼が生えたような生き物――(以上の喩えにおいて動物の雌雄は関係しない)――に、弓矢で狙いをさだめた。そして矢を放った。しかし標的は、さっとそれを避けてしまい、矢は後ろにいた鳥に刺さった。その鳥は、惑星のように(飛行機のように)大きかった。鳥はバランスを失い地面に落ち、洞窟を塞いでしまった。
 ――(男は帰れなくなったのだ!)――
「釣りに行けばよかった……」
(おしまい)

現実/laer

 被験者2031は意識野に送られた信号によって現実を取り戻した。
〈中間媒体の活動領域:減少を確認〉
〈;正常値〉
〈肉体固定装置との接続を切ります:よろしいですか→Y/N〉
 →Y 
〈記憶装置との接続を切ります.肉体的苦痛を伴うことがありますが,
 →Y 
 ぴりりとしびれた。
〈五感の再生:99.8%……99.9%……〉
〈現実の復旧を最終確認:正常.問題ありません〉
〈――現実を再開します〉
*** 
(生きるべきか、死ぬべきか:そんなものは問題ではない。
(それよりも夢――眠ったあとに見る、夢。
(死ぬことが眠ることであるなら、
(死後に見る夢。それこそが問題なのだ)
*** 
 被験者2031は、彼の活動する生活領域においては、RV‐300952、通称レイである。レイは個別空間でオレンジジュースを飲んでいた。酸味のある液体が、レイの味覚を刺戟する。レイは嫌そうな表情をした。どうやら不良品だったらしい。味覚しか作用されない。ジュースが喉を通る触覚や、オレンジ特有の匂い、嗅覚が起こらない。レイは飲むのを途中でやめ、残ったものは[Delete]した。
 個別空間においてレイは傲慢である。誰しも他者のいない領域では自我を優先させる傾向にあるが、レイはその中でも顕著だった。オレンジジュースが不良品だったことにより気分を害し、それをあからさまに態度に表出する。時計が[Delete]され、机が[Delete]され、ベッドが[Delete]された。レイには破壊癖があったのである。
 あらかた私物を壊し終えると、レイは個別空間を解除し、出かけることにした。以前入手した、RX‐000396、通称ユカの個別空間の解除コードを持って。回路を進み、演算中央部でその解除コードを入力し、すぐさま回路に戻った。
 ユカは、突然のことに呆然としていた。処理が間に合っていないらしい。視覚的防御ならびに装飾に用いられている“服”は、個別空間にいたためか着ておらず、申し訳程度の下着を纏っているだけだった。レイにとってはひとつ面倒が省けたことになる。レイは彼女の頭を掴んだ。自身の個別空間を二人部屋に設定し直し、捕えたユカをそこに押し込んだ。ユカが今更ながら救援信号を発信する。しかし時既に遅い。信号は閉じ込められた部屋のなかでこだまするばかりだった。
 レイは高揚を感じた。破壊欲の高揚だ。レイはたびたび女を壊した。ユカで六人目となるがレイ自身は以前の五人のことなど既に忘れていた。感情=恐怖におびえたユカが、必死に信号を発信する。レイは彼女のわずらわしい発声機能を[Delete]した。しかし悲鳴がないと聴覚が楽しめないことに気付き、新しい発声機能を購入し、救援信号だけ出せない設定にしてから彼女に付けてやった。やはり彼女は叫んだ。レイは聴覚的に満足感を得た。しばらくすると満足感は退屈へと変わる。ユカは人生ををを諦め のか口を閉ざし黙 てしま た。どうにかして彼女の発声を聞こうと、レイは彼女の唇を[Dele/
/
/
/
/
e/rorre/rorre/rorre/rorre/

虚構における精神状態/real

 被験者2031は瞼を持ち上げた。体がだるい。鉛を抱えているように重かった。
「おはよ」
 2031は自分がベッドに横になっていることに気付いた。声がしたほうを向く。そこにはRX‐000396、ユカがいた。彼女は傍の椅子に腰掛け、不気味なほどやさしく2031に微笑みかけている。2031は恐ろしくなってか細い悲鳴を上げた。
「どうしたの!」
 ユカが目を見開いて2031に覆い被さる。襲われたものだと思って2031は抵抗したが、体が重たくて振り切ることができなかった。
「だめ。点滴が取れちゃう」
 むしろユカに抑え込まれてしまう。どうしたんだと自分に詰問した。2031は頭を抱えようとして、腕の重さに諦める。
 2031はもう一度ユカの様子を窺った。彼女は椅子に居座りなおしている。こちらを攻撃するつもりはなかったようだ。依然として親しみのありそうな顔で2031を見つめている。恐怖が湧いてきて目を逸らした。
「ちくしょう。おれはどうしたんだ」
 思考が口から漏れ出ていた。先ほど抑え込まれたときのためか、女特有の匂いがかすかに鼻をくすぐった。2031は目を閉じた。瞼も重かった。
レイ
 ユカが2031の生活領域での通称を発音した。しかしその発音にはどこか不慣れな響きがあった。2031の知らない意味が、知らぬ間に付加されたような心地だった。目を開ける。
「あなた、どこまで覚えているの」
「なにも。おまえを襲ったことぐらいしか」
 2031は正直に答えた。この状況下で嘘をつく必要性を感じられなかった、それに2031の命運はユカにかかっているのだ。
 しかしユカは、その発言を「冗談言わないで」と一蹴した。
***
〝(生きるべきか、死ぬべきか:そんなものは問題ではない。〟
 被験者2031はふいに、むかしむかしの物語を思い起こした。どこかで見聞きした話――フラッシュバック(flashback)してくる話を、2031は懸命に掘り下げようとした。この状況を打破する助けになるかもしれない。どんな情報であれ2031は心から欲した。
〝(それよりも夢――眠ったあとに見る、夢。〟
 ユカは「また明日ね」と言って、2031の手を握ってから部屋を出て行った。ユカがいなくなってから改めてあたりを見渡してみた。あたりは一様に白く、潔白で、病的ななにかを感じる。数分後、なぜかユカが舞い戻ってきて、「退院まで、頑張ろうね!」と、目元を濡らして言い放った。2031はなにも答えることができなかった。
〝(死ぬことが眠ることであるなら、〟
 唇にやわらかいものが押し付けられた。「今日はわたし、ここに泊まるからね。許可も貰ったんだよ」キスした顔は紅潮していた。無理やり唇を奪おうとしたときはあんなに抵抗したというのに。
〝(死後に見る夢。それこそが問題なのだ)〟
 ユカが壁のスイッチを押すと、真っ白だった部屋は急に暗く落ち込んだ。2031は胸が締め付けられる気がした。それは肉体的な痛みと少し異なった。確かに心臓がじんじんと痛いが、それはなにかにぶつかったり、刺さったりしたのではなく、脳下垂体から分泌されていそうな、内部的なものによるものだと思われた。破壊欲は微塵も残っていなかった。
***
 男は鳥の――(飛行機ほどの惑星ほどの粒子ほどの大きさの)――肉を食べることにした。洞窟を塞いでいるのはこの鳥であるのだから、この鳥を処理すれば洞窟に入れる、つまり帰ることができるということである。しかし鳥は大きい(主観的判断)。食べきれる自信がなかった。
 そこへあのイノシシがやってきた。戻ってきたのだ。男は咄嗟に弓矢を手にとって――イノシシをついに殺した。刹那に男は食い殺された。
***
 当然の報い。
***
 あれは夢だったのだろうか。瞼を持ち上げると同時に、滴が目尻から垂れた。2031は重たい腕を持ち上げて、それを拭った。ユカに見られるわけにはいかないと感じたのだ。
 死ぬ、ということが、眠る、ということと同じことであるのなら、死後に見る夢は、楽しいほうがいいだろう。
「おれが悪かったんだ。おれが悪いんだ」
 せっかく拭ったというのに目元がまた濡れた。べたべたとした感触。目が赤くなっているかもしれないと思った。
 ベッドの傍の床で、由果ユカが寝ている。簡易的な折りたたみ式の寝具は、寝心地が悪そうに見えた。2031は――黎はその瞬間に、由果を愛していたのだということを思い出した。黎はいままで、長い長い夢を見ていたのかもしれない。脈絡のない物語に翻弄され、それを愚かにも信じ切っていたのかもしれない。いずれにしても黎は由果を愛していたのだ。(と、思った。)
 死後に見る夢。楽しい夢を見るためには、どんなことをすればいいのだろう。由果をしあわせにできたなら、一緒に楽しい夢を見られるだろうか。
「はぃ……誓います」
 由果がなにか寝言を言っていた。
***
 退院した黎は、仕事を探しに歩き回った。どうやら入院する以前の彼は、無職だったらしい。由果の助力もあり、幸運にも黎を拾い上げてくれるところがあった。退院してからの黎は、まるで別人のように運にめぐまれるようになったと、後に由果は語る。勤め先で黎は着実に功績を上げていった。生活に余裕ができてしばらくして、黎と由果は結婚した。こどもには恵まれなかった。由果は泣いて黎に詫びた。黎はその姿を見るのが嫌で、ただやみくもに由果を抱きしめた。泣いた彼女が、RX‐000396の影と重なるからだった。……入院中に見た夢は、たびたびこのようにして黎を苛んだ。しかし翻してそれは、黎の決心が深く心に刻まれていることを示していた。黎は由果を愛し続ける。そして死後の夢を、楽しい夢を、由果とともに見るのだ。彼に信仰心はなかったが、黎は常に死後を意識していた。死後に見る夢、きっとしあわせな夢を見たいとずっと思っていた。
 そして充分な人生を歩んだ後、黎は寿命を迎えた。

     /after death

 ―― No data.


トップへ戻る短編一覧に戻る
© 2013 Kobuse Fumio