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リレー小説(お題:曲がり角)

執筆:フィンディル、淡雪、小伏史央(執筆者別に色分けする

曲がり角を曲がったら、振り返ってはいけないという。
誰が初めに言い出したのか、そして、何を発端として広まったのか……それすら不明瞭な、中身すらも漠然とした、そんな噂がこの町にはある。振り返ったら何があるのか、そもそもどこの曲がり角の話なのか、今一つはっきりしない。けれどもどうにも否定しがたい感情もあって、今日も私は、曲がり角を曲がるたびに意識して前を向くのだった。
学校帰りの夕方のこと、いつもの道を歩き、曲がり角を曲がる。意識して前を向く。季節は秋。キンモクセイの香りが鼻をくすぐった。

ちりん。

鈴の音だった。
後ろの方で、その音は私の意識を確かにさらった。そして、あっさりと、本当にあっさりと、私は振り返ってしまったのだった。キンモクセイの香りに気を取られていたのかもしれない。
何も変わったところはない。私はそれを確認した後で自分が振り返ってしまったことに気付いたが、すぐにこの迷信を心で蹴飛ばした。何でこんなことを意識していたんだろう、馬鹿馬鹿しい。きっと自転車が向こうを横切って、ベルを鳴らしでもしたのだろう。
ぶんぶんとかぶりを振って、再び歩き出す。ちりん、ちりん、と、音がついてくる。しかも、近い。
振り返った時には何もなかったのに。蹴とばした迷信はもう怖くない。迷わずまた振り返った。しかし、やはり誰もいない。
……ふと、頭に手をやると、古びた鈴が髪飾りのようにそこにあった。
このとき私は新しい迷信を生み出した。あるいは、どこかで聞いた怪談から持ってきたのかもしれない。
今、前を見てはいけないと。
このまま踵を返し、脱兎のごとく逃げ去ったところで、どこまで「何か」を振り切れるのだろう。そもそも、この鈴はいったいぜんたい何を目的として私の髪に、誰の許しを得て絡みついているのだろう。恐怖が氾濫して泣き笑いのような声が漏れ、鈴から響く電子音と被さった。電子音だった。鈴の音は先ほどとは打って変わり、ダンスミュージックのような電子音を吐き出していた。今、私の頭の後ろで、何が起こっているのか。何か異様な事態が、突然に始まったことだけは確かだった。
「Let’s party night!」
その陽気な誘いには大らかさはなく、脅迫めいた色が混ざっていた。だけど、ここで踊ってしまえばもう二度と帰ってこれない気がした。私は再び足を前に運ぶ。
忘れていた。「前を見てはいけない」と、そう思ったはずだったのに。……目の前には、スーツ姿の男がいた。男は愛想のいい笑顔で、うやうやしく頭を下げ、こう言った。
「Hey Yo, ボクは宇宙人。ボクと出会ったきみは不用心。曲がり角で振り返ったからつながった、あっちとこっちがつながった」
そしてこれがボクのリムジン。さああがったあがった。男は私を半ば強引に車に乗せようとする。曲がり角や宇宙人のことはさっぱりだったが、男に誘拐されようとしていることは理解できた。宇宙人に誘拐されるのって、キャト……なんていうんだったかな、なんて思考が頭をかすめたのは現実逃避。むしろこれが現実であってたまるか。
「ココの曲がり角、あっちの時空から丸見え。こっちの時空人通りない。OK?」
OKなわけあるか。
「やめてください!」
言いながら、自称宇宙人を振り払う。相手がなんだとしても、時空がどうだとしても、誘拐なんてされてたまるか。頭に付けられた鈴は依然としてビートを刻んでいる。男から距離を取りながら、後ずさる。強引に鈴を引っ張ろうとしたが、頭皮が痛いだけで、取れなかった。
「現実逃避? 現実頭皮」
男が私を掴もうと手を伸ばす。この通りは人通りが少ないとはいえ、男が現れてから今まで誰一人通っていない。助けて! と大声を出すも、一切の反応がない。この男が何か細工をしたのだろうか。じわりと涙が滲んでくる。
「その髪飾り、キレイでしょ。テンプルで拾ったリサイクル品。GPSも気配もイロイロ遮断してくれてリサイタルに最適。頭皮から脳波まで測定してくれてウハウハ。サンプルならお安くしとくヨ」
せめてお祓いとかしてからリサイクルしてほしかった。知らなかった。地雷要素って詰め込むとこんなにもインチキくさい。
どうにか外したかったが、この男に何を言っても通じないだろうことは明らかだった。ふとドアが開いたままになっているリムジンを見遣る。キーは差されたままになっているのが見える。男は私の髪についている鈴の機能をべらべらと喋っているばかりで、車には意識が行っていないように見える。乗り込むなら今だと思った。
「難しく考えずに、シンプルにいこうヨ! なんならこのアンプルの薬飲むカイ? アウッ! チョット!」
私は素早く車に乗り込み、アクセルを踏んだ。勿論車の運転の経験なんてないが、アクセルを踏めば進むことくらいならわかる。まさか最初に運転する車がリムジンだとは夢にも思わなかったが。車は叫ぶ男を置いて走り出す。
腕が勝手に動く。すごい、私って運転できたんだ。
「ヒャホー!ええなぁ、車ってこんなもんなんか。生きてるうちに触っときたかったわぁ」
私の背後で、着物の女が愉快そうにしていた。
ほら……この鈴やっぱり憑いてたんじゃん……。
「あ、あなた幽霊……?」
「幽霊ってそんなけったいな言い方せんでもええやないの。あたいはね、鈴女。ほら雪女っておるやん、その鈴版やわ。お寺さんで拾ってくれる人待っとったらね、なんとまあ変な男に拾われて、改造されるわスピーカー取り付けられるわで、うるさい音楽が体中から鳴ってもう大迷惑。ほんま近所迷惑の騒ぎやあらへんかったで」
「は、はあ……」
 鈴女の話に耳を傾けながら、私は汗のしたたる手でハンドルを握る。リムジンが進んでいくうちに周りの景色は色あせていき、今ではすっかり、窓の外は真っ暗になっていた。
「ほんでなー、あたいとしてはあの拍子よりこっちの拍子の方がなー」
鈴女の話に生返事だけしながら運転する。車の運転にもある程度慣れたかと思った頃、道が丁字路に差し掛かる。私はハンドルをめいっぱい切って曲がろうとするも、胴の長いリムジンは上手く曲がりきれずにお尻の辺りを壁にぶつけてしまう。
やばい! と思った私は咄嗟に後方を確認して。
「Hey Yo,曲がり角で振り返ってくれたネ! 再会できて嬉しいネ!」
その瞬間、バァンとリムジンの扉があき、私は地面に投げ出された。
「逃げぇ、お嬢ちゃん。この男は曲がり角でキャトルミューティレーションを繰り返しとった宇宙人や。あたいの本体は髪の毛にしっかり絡んどるさかいな、守ったる」
す、鈴女さん……!キャトルミューなんとかまで完璧に発音し、彼女はグッと親指を上げた。
「ほんまは寺に来たええ男から離れんための呪いやってんけどな……!」
あ、でもやっぱりそっち系の人(?)なんだ……。
リムジンの中に現れた宇宙人と、私をリムジンから追い出してくれた鈴女とが、睨みあっている。さすがの長さだけあって、二人には充分な間合いも生まれていた。私は頭に付いた彼女の「本体」を撫でながら、その場から走る。正直なところあとは人間のいないところでご自由にやってくれという感じだった。
走ったところで、曲がり角で振り返ればあいつが現れる。そう思った私は一切振り返ることなく、ひたすらに走り続けた。そして、いつの間にか東雲が私を見下ろしていた。
どこかほっとした私はコンビニを見つけて、更にほっとした。なんとかなったのかな。
振り返ってはいけない。その言葉を思い出す。私は振り返らず、前に向かって歩き出した。……きれいさっぱり忘れて日常に戻りたかった。というかシャワーを浴びて布団にもぐって今すぐにでも忘れたい。

ちりん。

背後で、いや、頭の上で鈴が鳴った。勝利のゴングにしか思えなかったのでスルーした。
「ちょっとちょっとちょっとー。なんで無視すんねんー」
しかし、忘れていた。振り返ると現れるのは宇宙人のことであって、鈴女相手では、振り返っても振り返らなくても、関係なかったということを。
「宇宙人、KOしてきたでほら。KOしてきたで」
鈴女が視界に入ってくる。こう見ると着物の普通の女性にしか見えなかった。
「それはよかった。で、これはちゃんと外れるの?」
自分の頭を指差す。
「えー外すん?」
睨みながら頷くと、鈴女は渋々といった顔で何事かを呟く。すると、鈴はするりと髪を解くように落ちた。
「でも一夜着けたままになってたからなー」
「……何か、良くないことでも?」
ふわりと、キンモクセイの香りが舞う。
「ちょいっと縁が深くなりすぎとんのや。しばらく邪魔すんで」
邪魔すんなら帰れ。その言葉は放つ前に遮られた。
「……キンモクセイの花言葉を知ってるか、やて。あいつ」
嫌な流れな気がする。ちょっと頬を染めて、鈴女は自分の髪に鈴を結わえなおした。
「謙虚、気高い人、……初恋、真実の愛、陶酔……やて」
とても、どうでもいい。そうですか、としか言えない。
「悪さするんやったら、あたいが手綱握っとくしかないやんなぁ?」
「え、それってどういう意味?」
「だからなぁ、ほら、あいつ、あたいに初恋して、真実の愛を感じて、陶酔、しとるらしいんやわぁ……」
「あ、あいつって」
「んなもんそりゃ、あの宇宙人以外おらへんやないかぁ、な!」
 そう言って、鈴女は私の体を羽交い絞めにする。妖怪の力には抵抗できなかった。そのまま無理やり体を振りかえさせられる。
「Hey Yo, ボクのハートは木端微塵、強靭な美人に陥落サ!」
やっぱり後ろにはリムジンがあった。何か、何一つ解決していない気がする……。だが抵抗する意思は削がれている。それが疲労によるものか情によるものかはわからない。
「角砂糖のような恋、ありがとう。キミには宇宙のパワーでパーフェクトな幸福を約束するヨ」
何もしてないけど、くれるならありがたく貰っておこう。迷惑料も請求せずに済みそうだ。
「なぁなぁ、どうせなら神社でも建てへん?あそこにいい空きスペースあったやん?」
宇宙(スペース)だけにか。やかましいわ。
……と、そんなこんなで、この町の「宇宙と繋がる神社」は誕生した。UFOの目撃情報だの心霊スポットだの言われているが、まあ、正しい。
この町では、曲がり角を曲がったら、振り返ってはいけないといわれている。そのことを信じる人もいれば、信じない人もいる。それでもこれだけは知っていてほしい。私の登下校を覗きに来る着物やスーツ姿たちみたいに、この町には人間の姿をした何かが、潜んでいることを。
ほら、あなたの後ろみたいに。

――了


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