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備忘録


外国人配偶者招請状、身元保証書、外国人配偶者の結婚背景陳述書、外国人配偶者招請人の家族所得現況陳述書、査証発給申請書。そのほかに公的機関での発行が必要なものとして、家族関係証明書、基本証明書、婚姻関係証明書、住民登録謄本、不動産登記謄本または賃貸借契約書。(領事館のホームページにはほかに招請人の所得関連の証明書が必要と書かれているが、窓口では必要ないですよと言われた。)
以上の書類のうちのほとんどをチュヒョクくんに送ってもらわないといけない。(私が書くのは結婚背景陳述書と申請書。)書式は領事館のホームページでダウンロードできるから、それを印刷して記入してくれればいいからと通話で伝えたけど、チュヒョクくんはどれを書けばいいかよくわからないからと言って、必要なものを私がまず選り分けて、それを彼のほうに郵送するということになった。
領事館から帰宅して、一息ついてからの通話だったから、再び外に出るのはおっくうだった。領事館のビザ業務の受付は午前十一時半には閉まってしまうから、けさは休みを取り朝一番に出向いて、仕切り越しの案内を受けていた。
チュヒョクくんと通話で相談しながら書けるかな、と思って、既に必要なぶんの指定書式の印刷は済ませていた。ホームページの必要書類一覧とにらめっこして、窓口で受けた案内の内容とも照らし合わせて、彼が書くぶんの書類をクリアファイルにまとめる。それから、韓国での発行が必要な証明書のリストも紙に書き出して、一目で何が必要かわかるようにした。それを茶封筒に入れて近場の郵便局に持っていった。
国際郵便を送りたいのですがと言うと受付の人は何かのリストをぱらぱらとめくりながらどの国のどこに送りたいのですかと聞いてきたので、韓国の江原道にと答えた。EMSなら送れますよというので頷くと、いかにも国際便といったデザインのオレンジの線が走った封筒を渡され、あちらの記入台にEMS用のラベルが置いてあるのでそこで記入してきてくださいと言われた。ああ、大きいやつじゃなくて封筒用の小さいやつですからね、とも。封筒に書類を入れ直し、ラベルに彼の住所と私の住所を英語で書き、内容物の欄にdocumentsと書く。枚数を家で数えてくればよかったと少し後悔しながら、数えて、だいたい二十枚くらいだったので、20と書いた。
封筒とラベルを渡しながら、だいたい何日くらいで届きますかと聞くと、相手は少し困ったような顔をしながら、目安としては三日くらいですけど、この情勢ですから途中でストップがかかることも珍しくないみたいです。なのでだいたい二週間くらいと考えておいていただいたほうがいいと思います。というようなことを言った。
それからは家で私が書くぶんの書類を書き進めた。結婚背景陳述書はその名前から想像していたのとは違って、いくつかの質問にイエス/ノーで答えたり、チュヒョクくんの兄弟姉妹の氏名や生年月日、彼らが私たちの婚姻の事実を知っているかどうかの確認、私の過去の韓国訪問歴についてなどを聞くくらいで、そこまで頭を悩ませるような項目はなかった。
過去に招請人以外と婚姻したことがありますか?ノー。
過去の婚姻関係において出生したこどもがいますか?ノー。
過去に他の名前を使用していたことがありますか?ノー。(国際結婚の一番のメリットだ。)
夜になるとチュヒョクくんのほうからLINE通話がかかってきた。案の定、オリ、書類は送ったか?が一言目だった。彼は性格がせわしないから、その日のうちにやるべきことをやっておかないと、相手を責め立てるような言い方をすることがたまにあった。
「サオリサン!韓国に早く来なよ!どうしてまだ来ないの?日本は危ないでしょ?」
急にそう言って義母が通話に割り込んでくることもしばしばあった。
「いま申請の準備をしているところなんです。私も早くお義母さんに会いたいです。あとチュヒョクオッパの兄弟全員の生年月日を教えてください」
という感じのことを返した。チュヒョクくんも「いまはビザがないと来れないんですよ」とこのときは義母をなだめてくれた。
それから三日たってEMSが現地に到着したという通知がメールに届いた。しかし届いてから十日近く過ぎても、チュヒョクくんは書類に書き込んでくれていないようだった。
まだ書いてないの?と聞くと、どこから何を吹き込まれたのか、結婚ビザ(配偶者ビザのこと)じゃなくて観光ビザなら簡単に申請できるんじゃないか?おれたち結婚してるのに離れて暮らしているのはおかしいだろうとか、要領の得ない答えでこちらを責め立てるばかり。
「書類の多さにうんざりしちゃう気持ちはわかるけど、少しずつでも書こう?お義母さんからどやされるのは私なんだし」
「そもそも結婚したときにそのままこっちに住めばよかったんだ。それなのにオリは、適当なこと言って日本に残って。おれたち結婚してるっていうのに」
「それは納得してくれてたじゃん。なんでいまさらぶり返すの?」
そもそも別居婚を提案したのはチュヒョクくんの収入に不安があったのが大きな理由だし。首都圏を離れると途端に現れる氏族的な空間も怖かった。
それでもいろいろ考えて、万一のための貯えも用意して、こうして一緒に暮らそうとしているのに。たった二十枚程度の書類に気後れして、異国の妻を呼べないというのなら、なんのための結婚だったんだろうね?
ていう、備忘録は、現時点ではそんな感じ。
有事にそなえ証拠に残す。


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© 2020 Kobuse Fumio