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B.H.R.


 1000年の眠りから、僕は目覚めた。

 今は何年だろうか。
 とりあえず情報収集だ。

 僕は棺の中から出る。

 目に入るのは、一面の緑。
「おお」
 思わず感嘆の声がでる。

「なんと綺麗な……」
 僕が住んでいたころのこの星の気候変動はどうなったのか、まあ、どっか行っちゃったんだろうな。

 まるで別世界だ。
 真っ赤な大きい花。見たところラフレシアに似ているが、強烈な匂いはしない。
 一面に広がる草々。見たところ雑草と思われる色鉛筆のような緑色には、赤い実のような斑点がところどころに付いている。まるでお飾りのように。
 高低様々な樹々。見たところ実はなく、一枚一枚人ほどの大きさの葉が幾数かある。その隙間から光が差し、颯爽とした、快い楽園のイメージ。
 これが、1000年後の地球か。

 いや、今がその1000年後――。

 人を探さないと。

 あ、リュックがあるんだっけか。
 棺の、僕の眠っていたときの頭の位置。
 黒いリュックサックを背負う。

 僕はそこからある機械を取り出す。
 手のひらにおさまるサイズで、ここが1000年前で言う地球のどこなのか把握できる。
 ――起動。
 画面に地図が浮かび、日本の中国地方のあたりに赤い印がつく。

 やはり、僕が眠っている間に保管場所を移されたようだ。
 無理もない。長い年月の間に一定の場所に物を留めるのは難しい。

 気付くのに遅れたが、ここは随分と酸素濃度が高い。
 それにしては僕の体は正常に機能している。
 それに、これほどの濃度なら、もっと植物が大きく茂ってもいいはずだ。

 とりあえずもう棺になにもないことを確認し、僕は歩を始める。
 そうすると、5分ほどで一帯は砂漠となった。
 緑とベージュの境界線が、妙にはっきりとしている。

 ベージュ色の砂漠――そう、鳥取砂丘だ。
 僕は歩を進める。
 丘を登れば一面の海が――なかった。
 おかしい。先ほどの機械を見ても、やはりここは鳥取砂丘で、日本海があるはずだ。
 しかし、日本海の広がるはずの場所には一面の地平線よろしくの砂漠。
 まるで、海が干からびたようだ。

 このまま歩いて中国まで行けそうだ。

 まあ、それよりも人を探そう。ここからなら、大阪へ行こうかな。

 大阪まではあっという間に着いた。
 もちろん、あっという間、というのは丸一日のことを差す。
 歩いて――。

 人類の発展、進化、更新。大阪生まれの僕は、歩きが超速い。
 さらには人類にとって忙しい時期に育った僕はさらに速度を重ね、その結果がこれだ。

 大阪には、ビルの跡が確認できた。
 ビルの跡。そういう表現が合っているくらい、これは「跡」だった。
 ビルは荒廃し、草々が萌え、鉄鋼はもはや堅くもなんともない。
 人は、いないのだろうか。

 それにしても、見事な荒廃ぶりだ。
 歴史を感じさせる。

 僕がチラシを発見したのは14年ぶりの大雪が生まれ故郷に降った日のことだった。
 僕は缶コーヒーを飲んで、新聞を広げていた。
 世界情勢が危うくて、こんな時間で幸せだと感じる、そんな時のこと。

 新聞に挟まっていたチラシが落ちた。
 チラシが落ちるのはごくあることだが、それに僕は疑問を感じた。
 なぜ、今この瞬間にチラシが落ちたのだろう、と。

 僕は奇妙にも何かを感じ、それを読む。
《未来を体験してみませんか?》
 そう大きく茶色い紙には書かれており、僕はそれに興味を抱いた。
 未来予想システムが完成したのだろうか、それにしても世に回るのが早い。

 その下には住所が書かれている。
 カルフォルニアの、某所。

 僕は歩を進める。
 人がいない。
 おそらくこれは事実だろう。
 建物が壊れていないところから推測するに、心配されていた核戦争は起きなかったようだ。
 感染病などの建物に被害が及ばない何かで絶滅したか、どこか地球外へ人類は旅に出たのか、それとも日本というこの地域にだけ何かあるのか……。

 ぽつり、ぽつり。
 雨が降る。1000年前と何ら変わりのない、水の粒。

 急に寂しく思えてきた。
 棺に入るとき、案内役の女性は言った。
「1000年後、またお会いしましょう」
 詐欺じゃないか。未来のことも分からずにこんなところへ――。

 雨が本降りになる。

 ブゥー、ブゥー、と。
 手の中の機械が振動する。まるで旧式の携帯電話のようだ。
 と思ったら、本当に携帯のようで、それを耳に当ててみたら人声がした。

「もしもし。『未来予想研究部』の金田と申します。お楽しみいただけましたでしょうか。そろそろお時間ですので、迎えをお送りいたします」
 機械はそれだけ言って切れる。

 何か――僕は勘違いをしていたようだ。

 ザァー、と雨が降り注ぐ。
 しかし、僕の体は全く濡れていなかった。


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© 2010 Kobuse Fumio