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風が吹く頃


 仕事をやめて、家にこもった。外出するとしたらスーパーに食糧を調達しにいくときか、ハローワークに就職の意思を残しにいくときかくらいで、それ以外は家で自由にした。自由といってもそれまで好きだった趣味はあまりうまくできなくなっていて、代わりにスパンの長いアニメを垂れ流すとか、クイズ系のソーシャルゲームを始めて形だけでも頭を使っておくとか、その程度のことをした。
 体中を押さえつけるほどの圧迫感、らしきものが常に付き纏っていて、しかしそいつはきょうび押さえつけには来ず、ただじっとこちらの様子を監視している。そいつに見つめられていると今のことも昔のことも、未来のことも思い出してしまって、動くのに熱がいる。
 四択クイズの解答をタップするとはずれの効果音が鳴った。音に玄関のブザーが混ざる。
 ドアスコープを覗いて確認すると、同郷の幼馴染が来ていた。
「よっ」
 鍵を開け、ドアを押すと、数日ぶりの顔が現れる。その手にはコンビニのポリ袋が掲げられていた。
 上がるように無言で促す。部屋に戻り、アニメの音量を落とし、ゲームの音量も消す。
「今年もやっぱり帰らん?」
「うん、帰らん」
 そう聞くと幼馴染はふぅんとだけ反応して、落ち葉のようにちらかったカーペットの上に座った。ポリ袋からプリンをふたつ取り出して、ひとつをこちらに差し出してくる。
「ええの?」
「ええよ。代わりにピュウタお願いな」
「オッケーオッケー」
 プリンの容器を受け取り、次いで家の鍵を受け取る。ピュウタというのはハムスターの名前で、年末年始帰省する幼馴染の代わりに、世話をする話になっていた。
 解放されたくて、実家とは離れた地域で職に就いた。けれども圧迫感らしきものは依然として消えず、偶然にも幼馴染も近くに越してきた。最初は圧迫感の正体はこいつだと思っていたが、こいつは話のわかるやつだった。
 解放されるためにはより遠いところへ行く必要があったのか、あるいはどこへ行っても同じなのか、それはまだわからない。
 わからないけれど、通帳の未来を気にせずに食べられるプリンの味は、それなりに美味しかった。


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© 2018 Kobuse Fumio