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頭痛


 ひどい頭痛だった。電車に揺られながら、ドアの窓に頭を打ち付ける。乗客は数えるほどしかいなかったから、人目よりも自分の体調を優先した。ごん、ごん、と何度も頭を打ち付ける。そうでもしていないと気が狂いそうだった。
 窓の外を眺める。ビルや看板の光が、線を引いては消えていく。その刺激を見るのもつらく、すぐに目を瞑った。まもなく停車駅に着くというアナウンスが、耳から入り込みがんがんと脳を叩いてくる。
 電車に乗るまではこれほどひどくなかった。ただ微痛がして、しかし早く帰ることもできず、やっと帰れた電車の中で一気にひどくなったのだった。そもそもなぜこんなに頭が痛いのか、と原因を考えてみても、思い当たるものがありすぎて話にならない。慢性的な疲労のせいかもしれないし、寝不足のせいかもしれないし、電子機器の触りすぎかもしれないし、ああ、そういえば今朝、酔っ払いに小指を噛まれたこともあった。それも電車の中だった。朝っぱらから酔っていたのか、足取りの覚束ない男が、傍で体勢を崩し、その際に小指を噛んできたのだ。血が出るほど噛まれたから、応急処置をして、そのままだった。まさかそのときに悪い菌でも入ったのだろうか。
 電車が速度を落とし、停まる。駅に着く。ドアから頭を離し、脇に体を寄せた。その駅は多くの線に繋がる主要駅で、人が大勢乗ってきた。乗ってきながら、たまにこちらを見て、目をぎょっとさせてくる。そんなにやつれた顔をしているのだろうか。不甲斐なさに笑いたくなるが、笑う元気もなかった。
 ああ、眠りたい。今すぐ、ここで。
 眠りたい。
 どす黒い声が漏れる。獣のような恐ろしい声だった。どこから聞こえてくるのか、不思議だったが、すぐに自分の喉から発せられているのだとわかった。視界は晴れなかった。世界中の電気が消えたみたいに、真っ暗だった。電車の揺れる音がする。振動が伝わる。人々の悲鳴が聞こえた。そのうちの悲鳴をひとつ、捕まえて、噛んだ。すぐに顔面が温かくなった。
 頭痛はすっかり消えていた。心地良い暗闇にまどろみながら、揺れる車内を走り回った。


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© 2018 Kobuse Fumio