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 チークブラシを選ぶ。毛量の多いのが、最近のお気に入りだ。やりすぎないように気をつけながら、頬にそれを入れる。
「鏡よ鏡、あの人にとって、世界で一番美しい人はだあれ?」
 ビューラーを器用に使って、まつげにカールを作っていく。あまり力を入れないように意識して、何度も繰り返しくせをつけていくのがポイントだ。
「それはもちろん、あなた様でございます」
 あの人のために頑張っている私を励ましているかのように、鏡がそう返事をした。
 ああ、なんて素晴らしい鏡なのだろう。これを買って正解だった。
 お化粧箱が嬉々と笑っている。その中でも特に輝いているルージュを、私は得意顔で選び取る。
 ああ、あの人はなんて美しいのだろう。あの人が好きで好きで堪らない。
 紅いルージュをひく。私の唇は、すぐに煌びやかな光沢を放った。
 こんなことを繰り返すとまた使い物にならなくなってしまう。でも、そのときはまた買えばいい。きっとまた、素晴らしい鏡が待っているだろう。
 もう我慢できない。私は、鏡に映るあの人にくちづけをした。


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© 2011 Kobuse Fumio