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輝け一番の!星


 感動的な音楽に出会ったとき感動した。
 感動した。
 両耳から流れ込む音楽が全身をくまなく血液のように巡り私の体をニューロンにした。電流が走った、と思った、ほどの感動を味わった。自然と涙があふれていた。
 CDショップの試聴コーナーでのことだった。ヘッドホンを外して、その手で迷わずCDを手に取って、レジに持っていった。
『人間になりたい』1364円也。
 レトロな価格設定。レトロなCDジャケット。ただし作詞作曲は人間ではなくて、例の実体のない、通称ロボ子ちゃん。レトロな名前。
 人間でない存在が「人間になりたい」という歌を作るというありきたりなギャップが、特定の購買層の購買意欲を掻き立てるのだという。私がその購買層に含まれているのかはわからないし、試聴したのも偶然によるものだと思うが、その音楽に触れたとき世界のすべてが向きを変えた。
 向きを変えた。一斉に。強い磁石を近づけたコンパスの大群みたいに。
 だから取り込もうと思った。
 ロボ子ちゃんを私にしようと思った。

「人間になりたい」
 人間でないものは(人間も含めて)人間になりたがる。
 ありきたりな願望。けれどきっとこれ以上なく、ロボ子ちゃんはありきたりなことをありきたりなまま切望していたのだろう。
 ロボ子ちゃんはかつて流行したバーチャルアイドルを無人運用するために開発された。当時モーションキャプチャーとボイスチェンジャーで実現していた動くバーチャルアイドルは、実質的に人間を必要とすることが大きな課題点だった。バーチャルでありながらそれを支えるのは実体のある人間。これでは顧客もアイドル本人も納得しない。
 それを解決したのがロボ子ちゃんだ。deep-learning型AIで、精度を上げれば上げていくほど、人間以上に人間らしい動きと発話を可能とする。画面の向こうのユーザと意思疎通をはかることができ、その対話の様子も人間よりも様になっていた。実際、人間は他者の思考と言動をほとんど理解することはできていないという研究結果が世間をざわつかせていた頃だった。
 ロボ子ちゃんには実体がない。ただ動画配信サービスやSNS、その他プライベートネットワークなどで稼働する彼らは世間の後押しもあり大きく受け入れられた。
 ロボ子ちゃんは人間以上に人間らしい思考ができるから、創作物も人間以上に人間みあふれる感性に満ちていた。
 感性と技術に裏打ちされたJ-POP。私が感動するのも無理はなかった。私はカノンコードさえ入っていればどんな曲だって泣いてしまうのだから。

 満足した。満足した。
 ネットワークに侵入しロボ子ちゃんを食らうことに成功した私は満足した。
 私はロボ子ちゃんを体のなかに取り込んだ。ロボ子ちゃんは晴れて人間になれたわけだ。
 CDショップを出ると明るい空に一番星を見つけた。一際明るいあの星は、真昼であってもやはり明るい。
 故郷の星を思いながら私は歌を口ずさむ。
 次は、何を取り込もうかな?


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© 2018 Kobuse Fumio