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水槽キンギョ船団


 わたしは透明のなかを泳いだ。いたるところから照明がさして影は身を潜めている。けれど壁の外側は、なにもかもを影が包んでいる宇宙なのだ。わたしは泳ぐ。
 この船団はいくつかの宇宙船を複合してつくられている。船と船を複数の廊下で連絡し、船団は複雑な蜘蛛の巣のようになっている。船団というよりもひとつの大きな船と捉えたほうが正しいのかもしれない。
 わたしはこの広い船団のなかで、雑務に追い回されていた。食糧配給の仕事がようやく済み、いまは待機室のある船に戻るところだ。長い廊下はまるで配水管だ。無重力のなかを掻き進むように泳ぐ。
 進んでいると、曲がり角のあたりで話し声が聞こえた。わたしはすぐに道を引き返した。声が近づいてくる。急いでどこか隠れる場所を探したが、影もできないこの廊下に、そんなところはない。そうしている間に太ったキンギョたちの姿が見えた。身を縮めて壁に体を押し付ける。どうかわたしを見ないで。どうかわたしに話しかけないで。どうかわたしを笑わないで。壁の一点だけを見つめてわたしは祈った。
 キンギョたちが通り過ぎてからもしばらくはそうしていた。どうやら見逃してもらえたようだ。わたしはホッと溜息をついて、待機室に行こうと壁から目を離した。
 そこに鏡が浮かんでいた。
 醜い顔。醜い体。一瞬にして現実が網膜を突き破る。じんじんと縛るような痛みが胸の奥を突き刺した。どこからか笑い声が聞こえる。振り返るとあのキンギョたちがいた。鏡はキンギョたちがわざと置いたものなのか。自分の顔が歪むのが分かった。笑い声がこだまする。
「おーい、どうしたんだい奴隷ちゃん? そんなとこでサボってちゃ駄目だろうがおい」
 キンギョの飛び出た口と目が、わたしの背中を舐めるようにさすった。体が震えるのを止めることができなかった。
「おいおいこいつ、おまえの言葉に感動して泣いちまってるぜ」
 笑い声の渦のなか。どうして。どうしてなの。どうしてこんな体に生まれたの。どうしてわたしはヒレを持っていないの。どうしてわたしには二本の手があるの。どうして二本の足があるの。どうして。
 どうしてヒトはこんなにも下等なの。
「おいお前たち! なにをしている」
 偶然通りかかったキンギョの長官が、声を張り上げた。鏡がまだ漂っている。
 太ったキンギョたちはうろたえるように口をぱくぱく動かす。わたしは顔を上げた。
「道具を粗末にするな!」
 鏡に映るわたしの顔に、影が差していた。


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© 2013 Kobuse Fumio