ここ数年、私は涙を流していません。
最近の男性によくあるという、泣けない症状だそうです。
感性が薄い、と記されるのでしょうか。欠伸の涙は、つまりは涙ではないのです。
私は視力が悪いです。それはもう、眼鏡を掛けないとどの席についても黒板が見えないくらい。
私は眼鏡が嫌いです。大嫌い、だから、私は眼鏡を持っていません。
好き嫌いに意味は必要でしょうか。いいえ、無用です。
意味があったとしても、それによって生まれた感情が意味よりも先に出てしまう、それが人情です。
ここ最近、私は泣きたいのです。
泣きたいのです。涙を流したく思います。
以前泣いたのは、いつのことだったでしょうか。
覚えていますとも。それは、中学1年の夏休みのことでした。
何年も前のことなのに、私は覚えています。
激怒して、友達を殴りました。憤怒して、友達を蹴りました。
夜中の、1時ごろだったと思います。
そのころ、私は夏季研修に行っていました。
そのホテルの、同室で騒ぐ友達を。
殴りました、蹴りました。トイレに追いやりました。トイレに一晩中閉じ込めました。
電気は付けないまま。
彼らは、自らトイレの鍵を閉めました。結果、彼らは私から逃げた形になりました。
私は彼らに逃げられた結果に終わりました。
私は泣きました。涙を流して泣きました。
原因は何だったでしょう。思い出せません。
私はここ最近、胸が一杯になることが多くなりました。
もう少しで泣いてしまいそう、そんな状態まで。
ですが、私は泣いていません。
泣けないのです。
泣きたいのに。
そうして、卒業式を迎えました。
私は泣きませんでした。私は泣きませんでした。
夏休みに私が殴った、その友人と、記念写真を撮りました。
彼は、大きな花束を貰っていました。
そして、入学式を迎えました。
私が殴った友達は、みな私と違う学校へ行きました。
花束を貰ったその少年は、レベルの高い学校に合格したそうです。
入学してから、私は優等生に出会いました。
律儀で、融通の利かない、眼鏡の似合う少年です。
つまらないやつだ、最初はそう思いました。
今もそう思っています。
特に言えるような趣味もない、勉強と運動、それだけ。
先生になりたいとその少年は言っていました。
理系の先生に。
その話を聞いたとき、既に私たちは受験生でした。
『雑談とラクガキを愛します』
その優等生は、最後まで私のことを理解できなかったようです。
「お前のことは理解している」を口癖のように嘯き、落ち込んでいるわけでもない私を慰めていました。
馬鹿です。彼はただ馬鹿者でした。
可愛そうに、あの馬鹿は将来永劫に治ることはないでしょう。
……今の文は誹謗中傷になりえるでしょうか。
もしそうなったら、「これはフィクションです。実際の人物・団体とは一切関係ありません」と述べるだけです。
あなたはもう――目覚めないのですね。
目をあけて、もう一度だけでも私に笑いかけてくれれば。
あなたがいなくなったとき、あまりの突飛さに、私は泣けませんでした。
今はもう、泣けません。
私は卒業しました。
3人の後輩から、花束を貰いました。
あ、1人は先輩でしたっけ。
クラスで先生に色紙を書きました。
『※この文は、心の悪しき人には見えないインクで書いています』
これで、クラス一可愛い女の子を笑わせました。
私は笑いました。泣くのは放棄しました。
あなたは優等生とはかけ離れた、放蕩なやつでした。
あなたを見習って、私はラクガキ用のノートをつくりました。
ラクガキノートはもう10冊になります。
あなたはもういない。
あなたがいなくなってから、もう1ヶ月経ちました。
私は最近、泣きそうになるほど胸が痛むことがあります。
胸の奥が、キューって絞まる感じです。
心臓がどくどくと、骨を揺らすように。
あなたがいなくても、私はこうして生きています。
必然的に、私はまだ生きています。
あなたの分も、私は勉強します。
国立大学に、絶対合格してみせます。
だから、どうか喪服をお許しください。
だから、どうか懺悔をお聞きください。
優等生は一発で、レベルの高い学校に合格したそうです。
馬鹿のくせに。
成績はいいようです。
豊富な涙の泉。
それを感じることを、私は拒否することでしょう。
あなたのように、私は笑っていたい。
泣いていても、笑っていたい。
だから、どうかあなたもいつまでも笑っていてください。
ありがとうございました。