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裸の王様


 パリレッコ王国は二日後に控えたファッションショーのためにいつになく賑わっていた。パリレッコのファッションショーは国を挙げた一大イベントだ。西の遠国、東の遠国からファッションに自信のある者たちが大勢集い、市場は人で川ができ、酒場に空いた席はなく、宿場は寝台がいくつあっても足りないので、服装の貧しい客を床に寝かせる有様だった。
 その盛況ぶりを、城の露台から見下ろしている男。この国の王だった。幅の広い腹を覆い隠すようなチュニックと、綿を入念に詰め込まれたサルエルパンツ。その上に貴族の紋章を胸元に施した、赤いコートが胴体を覆っている。コートには金糸のフリルもボタン代わりに並べられており、さほど動く必要のない貴族特有の締まりの緩さを持ち合わせていた。そして、さらにその上に緑のマントを羽織っている。その緑は、王国の外れ、標高のある山の山頂付近でしか採れない素材を使用しており、金糸よりもよほど豪華なつくりとなっている。
 王を警護する兵士は主君の服装を引き立てるために、地味な鈍色の鎧に身を包んでいた。しかし地味ではあれど本当に地味であっては王に仕える者としてそぐわない。その鎧は頑強さと軽さを持ち合わせた高級素材、ミスリルを不純物を混ぜることなく使用した一級品だ。また、胸元には一級兵士に授けられた意匠。
「結構結構。結構な盛況ぶりだのう」
「そうですね、ええそうですね。我が国のファッションショーは世界一でございます」
 そう答えたのは引っ付き虫のように王の後ろをついてまわる執事だ。こちらも兵士同様に主君の服装を引き立てる、安物の緑を基調としたテールコートだった。胸元には城内の人間であることを示す紋章が、銀糸で縫われている。
「そうであろうの。そのうえ今回は記念すべき百回目だ」
 歴史あるパリレッコのファッションショーの中でも、今回ほど人の集まったことはなかった。それは節目の回であるからなのはもちろん、それを記念して王が参加者数の制限を緩和したからだった。
 新たな服飾の時流を生み出そうと息巻く者、報酬ついでに名を売ろうという者、ただ人目に晒されたい者……、目的は異なれど、いずれもファッションに自信のある者たちが我こそはと次々とエントリーし、それに追従して観客の数も増える。
「ときに、陛下、例の件は考えてくださいましたか?」
 執事が言う。王は人の波から目を逸らし、眉をひそめた。
「それだがの、まだ服装が決まっておらぬのだ」
「でしたら私が考えたファッションを」
「いや! それは少し待つのだ」
 王もまたファッションショーの参加者だった。王家の者が参加するのは今回が初めてのことだった。
 国民は王自信が考えたファッションを期待している。王自身にも見栄がある。だから執事の提案を引き延ばして、自分で構想を考えようとしているのだが、それがどうもうまくいかない。
 そこへ隕石が落ちてきた。隕石の衝撃がパリレッコ王国を包み込んだ。しかしなぜかその衝撃は人的被害をもたらさず服だけを消し去った。パリレッコの記念すべき第百回ファッションショーはあわや中止となりかけたが、王が裸で出場することによって、ファッションショーの体裁は保たれた。王も服装を考えなくて済んで頬を緩ませた。緩んだ腹はランウェイを歩くたびにたぷたぷと音を弾ませるのであった。


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