-


トップへ戻る掌編一覧に戻る


終わらない歌と一瞬の音


 男がいた。男は跳んだ。すると宇宙にやってきた。また跳んだ。すると地球の目黒にやってきた。また跳んだ。そうしてやっと、男は目的の地に着いた。
 誰かの声が聞こえる。いや、声というよりも歌だろう。浮き沈みがある。歌は絶え間なく響き、男の聴覚器官を刺激した。
 男は失望した。どれほど超常的な能力を育み、自然の階梯を駆け上ったところで、いまだに歌が途切れないからである。数多の生命体を悩ませたものが、また同じように男を苦しめているのだ。急激に進化を進めたこの体が、なぜ歌を聞いてしまう? 男は悩んだ。
 男は愚か者である。進化は目的ではなく、結果だ。進化をいくら先々に進めようとも、環境が伴わなければ無意味に帰するのは当然のことである。男と同じように、進化を階梯を上ることのように、下等から高等へ昇ることのように誤解する者が多い。進化する前も後も、等級としては同等である。進化したところで生物学的に優れるようになるわけではない。
 男は自らの聴覚器官を塞いだ。歌の責め苦に耐え切れなかったのだろう。歌は終わらない。男が滅びようともこの歌は途切れないだろう。この歌はすなわち、すべての生命体へ向けられた束縛なのだ。
 男は跳んだ。地球の目黒に着いた。しかし、なおも歌が聞こえてくる。全を超越した先に個があるものと男は考えていた。だから男はすべてを見渡す体から、わざわざ跳ばなくてはどこへも行けぬ体に移行したのである。しかしそれが正しい選択であったかなど、今では分からない。
 男は宇宙すべての生命体を滅ぼすことにした。それほどまでに歌が男を苦しめたのである。生命体の果てしなき連鎖を断ち、終わらない歌を終わらせるのだ。
 男、もとい神は、こうしてすべてを無に帰した。
 ――その後、永遠に一瞬の音に苛まれたのは言及するまでもないことである。


トップへ戻る掌編一覧に戻る
© 2012 Kobuse Fumio