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作者殺人事件


 太山健が遺体で発見された。数日間アパートの自室から出てこない彼を案じたガールフレンドがドアをこじあけると、ベッドの上でナイフに心臓をつきたてられこと切れている彼を発見したのだ。
 ナイフの刺さり具合から、自殺はありえないと断定された。自身で胸に刺したのならおよそ不可能に近い角度で刺さっていたとのことだ。
 しかしここで問題が生じる。ドアは鍵がしまっており、まだ春になって日も浅いためか窓は閉め切られていた。鍵は室内から二つ発見され、その二つですべてであることも確認された。要するに、密室だったのである。
「ふぅむ。これはまた典型的なミステリ小説だ」
 探偵の椎名幸和は、腕を組んで溜息をついた。彼はこの小説の主人公である。彼は立場上この謎を解かねばならないのだ。
 まず幸和は、ドアをこじあけた第一発見者を疑った。発見に見せかけて、ドアを開けたあとに殺害したのではないか。そうその者にねちねちと言及してみると、彼女はキッと幸和をにらみつけ、その場を去ってしまった。それはなにか後ろめたいことがあるからなのか。幸和は彼女への容疑をさらに深めていくが、しかし実際のところ、遺体は背中全体にわたって血液が鬱積しており、明らかに死後数日経っていることが確認されていた。第一発見者の潔白はとうに証明されていたのである。
 幸和は次に、部屋のなかになにか仕掛けがなかったかを創作した。仕掛けというよりも仕掛けの跡といったほうが妥当だろうか。たとえばガラス窓の鍵を外側からしめるような仕掛けだ。糸などを使えば方法はあるかもしれないし、そうすればその痕跡が残るかもしれないだろう。だから幸和はその痕跡を創作したのだ。爪でちょいと窓に傷をつける。
「いや待ておれはなにをしているんだ」
 ふいに素に返り、しばし幸和は自身の行動を省みた。おれはなにを創作などしているのだ。一歩間違えれば犯罪じゃないか。おれがすべきなのは創作ではなくて捜索だ。
 捜索も終了し、まったく手掛かりになるものがないことを知る。だめだ。これは完全なる密室なのだ。もはや手の打ちようがない。
 このようなときは、早めに見切りをつけることも大事だ。幸和は引き際をよく心得ている。匙を投げて昼飯を食べに行こうとアパートを出た。他の部屋の選択機が、がたがたと震えている?
 選択機とはなんだ? なにを選択するというのだ? この見るも異様な機械は、がたがたと震えて一体なにをしているというのだ。選択とはなんだ。
 そしてこのとき、すべての謎が解けた!
 要するにこれは誤字だったのである。幸和が捜索ではなく偽装工作まがいの創作をしようとしたことも、洗濯機の代わりに選択機が置かれていることも。すべては誤字によるものだったのだ。
 つまりこの世界は文字によって構成されていたのだ。しかもこのような誤字が起こるのだから人力によって文字が紡がれている可能性が高い。ここまで考えると、自然と答えは浮かび上がってくる。そうだ。いくら完全な密室とはいえど、犯行が可能な人物が、ひとりだけいる。
「犯人は作者だ!」

 ばれてしまっては仕方ない。ここでおまえには消えてもらおう「うわなにをするやめそもそも犯人とはとんだ言いがかりだおまえたちはわたしの想像によって生まれた存在であるのだから殺すも殺さないも元から関係のないはず「だからなんだというんだおれにはちゃんと人権が人権? 人権などおまえたちにあるわけがない。作者なる存在はいくら登場人物を殺したところで犯罪には問われないのさ残念なことだなおまえは作者を侮辱しさらには犯人だと決めつけたそもそも犯罪でもない事件でもない些細な出来事であるのにおまえは「おれは探偵がフィクションを現実と同等に見るなどそんな愚かなことがあろうかそんな思考があっていいのだろうかそのうえでわたしたち作者を制限するというのなら「助けてくれわたしは抵抗をするのみである。
 椎名幸和の遺体が発見された。二人目の犠牲者である。彼が倒れていたのは一人目の犠牲者が発見されたアパートのすぐ傍であった。彼は独自にこの事件を追いかけていたようである。彼は手に紙切れのようなものを握って息絶えてお/
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 作者が登場人物を殺害したところでそれは犯罪には問われない。であるからして、このように作者が作中の作者を殺害したところで、なんの問題もないわけである。
[EOF]


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© 2014 Kobuse Fumio