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そうですね


「いいお天気ですね」
「そうですね」
「でもいいお天気ってどこからがいいお天気なんでしょ」
「雲の割合が9割未満のときですよ」
「そうなんですね」
「ええ」
「では今日はちょうどよい天気かもしれませんね」
「確かにちょうど9割くらいかもしれませんね」
「ボーダーラインですね」
「そうですね」
「こういうときは、晴れなんでしょうか、曇りなんでしょうか」
「さあ、どうなんでしょう」
「天気予報は晴れと言っていましたね」
「だったら晴れなんでしょうね」
「天気予報は予報ですけどね」
「そうですね」
 彼らは、会話がマンネリズムに陥ろうというタイミングで「そうですね」あるいは「ええ」を繋ぎとして発声する。「そうですね」あるいは「ええ」という発話が生じたとき、それを危険信号とみなして、話題を発展させるのだ。
 マイナスドライバーを握ってじっと座り込んでいると、彼らのひっきりなしの会話が、耳に入り込んでくる。今日の仕事は終わったので、もう帰ってもよいのだが、こうして彼らの傍らに座り込んで休むのは、私のささいな趣味だった。
 メンテナンスに使う道具は、結局はなんでもよい。私はマイナスドライバーを使うが、プラスドライバーでもよいし、ドライバーでなくてもよい。花村さんなんかは愛用のペンチを取られてからは、もう長いこと素手でやっている。
 定期メンテナンスを終えた、それ、としか呼びようのない彼らから、ひっきりなしに無人の会話が発信されていく。惜しい場面はあっても、「そうですね」あるいは「ええ」が連続したところを、私はまだ聞いたことがない。きっと誰も聞いたことがないだろう。マンネリズムがどん詰まりに陥ったとき、「そうですね」や「ええ」が延々と繰り返されるのか、あるいは別のなにかが起こるのかは、わからない。
 わからないほうがよいだろう、と思う。


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© 2018 Kobuse Fumio