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 いつになったら近づける? 歩いても歩いても大きくならない光が、視界の中央を占める。
 生まれたときからずっと、砂に覆われた都市に住んでいた。マスクをしないと外を出歩けないようなところだった。
 昼間は目立たないが、夜になるといつも都市のはずれのほうに光が見えた。巨大な塔がそびえている、そのてっぺんで光っているのだ。
 近づいても近づいても、塔の大きさは変わらない。当然、その頂点の光も。
 近づいても近づいても、近づけなかった。
「あの塔へ行ってみたいんだ」
 果物を売っている店主にそう話した。このあたりで果物が生ることはないから、この店主は都市いちばんの旅人だった。
「あれは無理だ。おれもボンゴに乗って近づこうとしてみたことがある。だが三日三晩進み続けたってあの塔は星のように同じぶんだけ離れていった。誰も近づけやしないんだよ」
「離れていくなら、両側から近づけば最後には挟めるのかな」
「面白い発想だな。だが坊主、おまえはあの塔の後ろを見たことがあるのか?」
 塔はいつも正面を都市に向けていた。そして都市の外からも、どこからも、同じ正面をこちらに向けているのだった。それはこの都市でしか住んだことがなくてもわかった。みんながそう言っていたし、みんなが、あきらめていた。
 じゃああの塔には誰が住んでいるのだろう?
 いったい誰があの光を放っているのだろう?
 そう考えると絶対にいつか近づいてやりたいと、そういう思いだけが募ってどうしようもなくなる。
 なんの方法も思いつかないのに、けど、このままなんの方法もないまま人生が終わるなんてあんまりだよ。
 あんまりだから、歩き続けることにした。
 方法はわからない。けれどこれはきっと、塔との我慢比べなのだ。近づけど近づけど離れていく、もしそれが本当で、あの塔が動いているのなら、いつかは壁にぶちあたるはずだ。世界の端っこにたどり着けば、塔はそれ以上進めなくなるはずだ。そしたらそのときは、近づけば近づくほど、視界の光は大きくなるに違いない。
 そう思って、歩き続けた。砂漠の上をゆっくりと。
 幸いなことに時間はあった。あると思い込んでいた。
 そのうち大人になった。それでも歩き続けた。休まず毎日、塔の方向へと歩き続けた。
 次第に人とも出会わなくなった。都市は見えなくなっていた。けれど塔は都市にいたころと同じ大きさで遠くに見えたままだった。
 視界の中央に居座り続ける光を、ぼくは、求め続けている。
 死ぬまでにはきっと、あの光にたどり着けるだろうと信じて。


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© 2019 Kobuse Fumio