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つばさ


 小鳥がつばさちゃんのまわりを飛んでいました。つばさちゃんは小鳥の姿を見て、「お空飛べていいなぁ」と呟きます。
「きみも飛べるよ」小鳥が楽しそうに羽をはばたかせました。
「無理だよぅ。わたしには、羽がないんだもの」つばさちゃんは口をとがらせます。
「あるじゃないか」小鳥はせわしなく羽を動かします。「目をつむって、両手をはばたかせてごらんよ」
 つばさちゃんは言われたとおりに、目をつむりました。そして両腕を広げて、ばたばたとはためかせます。
「違う違う。もっとやさしく動かすんだ」小鳥がたしなめました。
 すると不思議なことが起こりました。つばさちゃんの体が、だんだん地面から離れていったのです。
「わあ!」つばさちゃんは驚いて、目を開けようとしました。

「つばさ! 朝よ、起きなさい!」
 ママがつばさちゃんを布団から引きずりだしました。
「うーん」つばさちゃんは、眉をよせて目をこすります。「せっかくお空飛べてたのに」
「なに寝ぼけたこと言ってるの。ほら、もうバスが来ちゃうわよ」
 ベランダの外のお空では、すっかり太陽さんがはたらいています。雲たちもいくつか動きまわっていて、まるで目の前のママみたいにいそがしそうです。
 そのとき、おうちの電話が鳴りだしました。きっと、ママのおしごとの電話です。「ああもう、このいそがしいのに。早く着替えておきなさいね」ママはつばさちゃんに背中を向けて、電話にでます。やっぱりおしごとの電話のようです。
「お空を飛ぶんだ」つばさちゃんはそう呟いて、目をつむって、腕をはためかせました。けれども、どうしても飛べません。「ああ、そうか。ここがおうちの中だからだ」
 つばさちゃんはベランダにでました。朝の空はいそがしそうだけれど、とても広くて、きれいです。おひっこししてからそのままになっているダンボールに乗ります。つばさちゃんはすーっと息を吸って、それから目をつむりました。
 つばさをひろげます。


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© 2012 Kobuse Fumio