マゼンダの恋愛小説
わたし、マゼンダはなんと小説を書いている。なんという衝撃告白だ。これはもはや衝撃の展開だ。
……いやいや、自分の人生を展開だなんてメタな感じで言ってはいけない。ともかくわたしは小説を書いていた。
たとえばこんな感じ。
ブロントは階段を駆け上った。赤い糸を辿ってここまでやってきた。もうすぐ、もうすぐゴールだ。
やっとフィアンセの顔が拝める。ブロントは嬉しさを堪えきれず口の端を持ち上げた。
きゃー/// 生ものだー///
といっても、わたしは悪質な人間ではないので、これを公開するようなことなんてしない。自分で密かに楽しむからこそ、楽しめる趣味なのだ。
小説。まさかわたしがそんなものを書いているなんて、幼馴染のブロントも、ブルースも、親友のリンでさえ知りはしない。
いままでずっと、隠してきたんだから。
力強く扉を開ける。たたきつけるような音が、部屋中に響いた。
共鳴する部屋の中は、かわいらしい女の子の色合い。
「おまえが……」
ブロントの指から一直線に延びている赤い糸。ぴんと張ったその彼女は、いま、ブロントの目の前にいる。
「ブロント」
彼女は、ブロントの知っている人間だった。
わたしは小説を書く。誰にも教えてなんかやらない。それはわたしを守るため? なぜだろう。わたしには分からない。ただ書きたいという衝動だけが、わたしを揺り動かす。
この「彼女」の正体は、わたしマゼンダ。そんな展開にしたかった。これを読むのはわたし一人なのだから。わたしは一人なのだから。
ブロントの笑顔が脳内に浮かぶ。あの笑顔が、わたしに向けられたなら。ずっとそう願って生きてきた。
いままでずっと、隠してきたのだけど。それは本当のことだった。
でも、わたしにはその勇気がない。どうせ小説なのだ、ブロントが嫌いだという親友に代わりになってもらおう。
彼女は、リンだった。黒い三つ編みの髪をりん、と揺らして、彼女は不思議な目でブロントを見やる。
「なにしに来たん? 不法侵入?」
ブロントは、膝を着く。リンは眉をしかめて、その様子を見下ろした。
「おれの、フィアンセ」
赤い糸を示す。リンは、いま気づいたように自分の手を見る。確かに糸が繋がっていた。
ふたりは、運命の恋人。
書きあがった。
その翌日、ブロントとリンが付き合ったことを知った。