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大粒の涙


「彼氏と別れてきました」と、玄関口でテミが言った。
「あ、そう」マゼンダは返した。
 その報告自体は珍しいことではない。けれどいつもならテミは、それなりに目を赤くしたうさぎさんになるのに、今回はそうではなかった。なんともきょとんとした表情をしている。それがマゼンダには少し意外だった。
「慣れたの?」
「なにがですか」
「あ、いや」
 テミを家に引き入れる。彼女は靴をきれいに脱ぎ揃えて上がってきた。マゼンダは首を傾げて、玄関の扉を閉めた。
「聞いてくださいよ。おかしいんですよ」
 けれど普段通り愚痴を始める彼女を見て、マゼンダは少し安心した様子で息を吐いた。しかしその内容は普段通りではなかった。
「彼氏、もう元彼ですけど、でっかくなっちゃったんですよ」
「はあ」
「でっかくなったんですよ! 東京タワー並みの大きさに!」
 両腕を大きく広げ、大きさを表現しようとする。
 マゼンダが困惑した様子を見せているからだろう、テミは机に置いてあったリモコンを勝手に取って、テレビの電源をつけた。
 速報ニュースで、自衛隊が巨大な人間に総攻撃をしかけているところだった。
「ああ、でっかくなっちゃったのか」
「そう言ったじゃないですか」
「それで別れてきたんだ」
「当たり前じゃないですか」
 テレビの中でテミの元彼が暴れている。その目は文字通り大粒の涙を垂らしていた。
 マゼンダはテミからリモコンを奪い取って、チャンネルを変えた。


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