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大きな医者と小さな妖精


 テミは巨大化してしまった。「私は大きな医者を目指します!」とは言っていたが、まさか本当に大きくなるとは。
 ティンクは口をあんぐりと開けたままテミの頭を見上げた。普段はティンクの寝床のひとつであったその頭頂部は、今では彼女の羽ではとても飛んでいけないほどの標高を誇っている。あまりに高く見上げすぎたため、ティンクは首の痛みを感じて地べたに座り込んだ。
「なんだこれわ」
 わけがわからなかった。
 テミも自分がなぜ大きくなったのかわからないようで、なにやら喚いているが、その声はもはや轟音で、何と言っているのか聞き取ることさえ難しい。まるでクジラの悲鳴だった。
 まずは、テミが何を言いたいのか把握するのが先決だろう。ティンクは彼女の口元まで飛んでいくことにした。しかし彼女の顔はあまりに高く、身ひとつ翅ふたつで飛んでいくのは不可能に近い。巨体が生み出した気流に簡単に飛ばされてしまうだろう。
 そこでティンクは科学班の協力を得てジェットエンジンを積むことにした。
「パスワードはT.E.M.I.です。あなたの音声を認識するとジェットが噴出されます」
「わかった! あーがとう!」
 翅を焦がさないように保護パックの中にしまい込み、ジェットエンジンを背負う。
「ティンク、いっきまーす! れっつごー、to T.E.M.I!」
 すさまじい勢い、妖精は空中に飛び出す。テミの脚を沿うように昇っていき、そこから胴体部への衝突を避けるように腹のまわりを旋回した。クジラの悲鳴がまた何かを言う。何を言っているのかはわからない。近くにいって、「もう少し静かにしゃべって!」という巨大パネルを見せれば、きっとテミも気づいてくれるだろう。
 そうしてティンクはテミの目の前にきた。テミは突然のことに困惑しているのか、ティンクの体よりも大きな涙をこぼしていた。もしあれにぶつかっていれば大変だった。ティンクは顔を青ざめる。
 そして、テミの言っていることがわかったのだった。
「ガン保険に、入ってくださぁい」
 ティンクはガン保険に入ることにしたのだった。
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