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映画館


 リンと映画観にやってきた。デートだねというと、そうだね、と彼女ははにかんで返す。
 といっても観るのはカンフー映画だ。リンが前から楽しみにしていたらしいが、一緒に観る約束をしていた人が突然キャンセルしてきたそうだ。
 飲み物やポップコーンは持ち込まずに、F列の12・13番席に座る。ほどよく観やすい席で快適だった。予約をしたのはリンなのだっけ。張り切っていたんだなぁ。映画に見入るリンを横目に、大御所俳優のアクションを楽しむ。
 あっという間に120分が過ぎ、リンと映画館を出る。
「楽しかったね」
「…………」
 返事がないのでリンの顔を覗き込むと、彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。あの映画に泣ける要素はない。
「ぐずっ、ほかに好きな人ができたって、あい、つっ」
「ほらこんなところで泣かないの。ね?」
「うぅ。ううう……」
「男なんてそんなものよ。ね、そんな人忘れちゃえばいいんだよ。ね、映画楽しかったでしょ?」
 リン。彼女は昨日、失恋したのだ。
 まったく、親友のケアって大変。私は目にかかる自分の赤毛をちょいと払って、彼女の手を優しく取った。


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