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花粉の時期、大地の慈悲


 テミやクロウの信ずる神は、実体を持たない。それに比べ、アマゾネスの信奉する神には姿があった。花の冠を被り、森を着こんだ女神の姿。アマゾネスの神とは、大地の精霊であった。
 精霊は人前に姿を現さない。しかし、現すこともある。大地の精霊と直接的に出会った人間は、その御姿を偶像に認め、もってジャングルを守る女神と奉られたのだった。
 しかし、ジャングルには神の存在を認めぬ者もいる。一部のアマゾネスや、エルフたちだ。エルフという種族は自らの体をもって神とする。生命と智慧を宿した我が体こそが森羅万象の主であり、神とする、という思想を持っていた。
 思想がぶつかり諍いを起こす。諍いが高じて戦争が起きる。ふたつの信仰が矢を交わし、槍を交わし、争っていた。
 大地の精霊は溜息を漏らす。大地は精霊であって神ではない。奉られるつもりもない。だといって自らを神と驕る種族も見ていて気分の良いものではない。気分の良くないものと、気分の良くないものとが大地をめぐって争っている。溜息が出るのも仕方なかった。
 春の陽気がジャングルを照らす。日光を浴びながら、ふと、大地は思いついた。
 そして、体を揺さぶり、花粉をまき散らす。
「ん……かゆい。かゆいぞ」
「かゆい」
「かゆい!」
 争っていた両種族の者たちが、突然のかゆみに争いをやめた。それからも大地は彼らが争うたびにかゆくなる花粉をまき散らした。
 かゆくてかゆくて仕方がないので、そのままジャングルでの戦争は立ち消えとなったという。


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