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戦争


 エルフのこどもの死体がいたるところに転がっていた。ジャングルを蠅が飛び回る。乾燥した空気が揺れているのは、蜃気楼のせいなのか、あるいはこの目のせいなのか。
 エリスは眼鏡を外した。視界がぼやけて、ぐちゃぐちゃの光る泥のようになった。草地の上にひとり佇んでいた。他の大人たちは奥のほうへと引っ込んでいった。
 エリスはエルフの教育係だった。こどもたちにエリス先生と呼び親しまれる評判のいい教育係だった。ジャングルでの生き方や、人との接し方、そして槍や矢の扱い方を教えていた。ジャングルで生きていくには必要なことだと思ったから。狩りをするにも、護身のためにも。
「どうしてだ」
 数刻前の、すごい剣幕のルファ。彼はエルフの頭領だった。
「どうして武器の使い方なんて教えた! まだあんなに小さいこどもたちに」
 その目は真っ赤に染まっていた。さぞかし景色が真っ赤に焼けていることだろう。事実焼野原になっていたから、相違なかった。
 教育する内容はエリスに一任されていた。任せると言ったのは他でもない頭領のルファだ。でも、彼はすべての非がエリスにあるといわんばかりに、怒鳴った。それを受け止めるとか、反駁するとかできる思考は残っていなかった。現実が嘘みたいだった。
 アマゾネスとの戦争は熾烈を極めていた。ジャングルの資源は分け合えるほど充分ではない。どちらかの種族が退かないと、種族は衰退を辿るしかなかった。だからどちらも退かなかった。そのうえ魔王討伐隊と名乗る怪しげな連中が介入してきて、事態はどんどん激化していった。
 そこへ、こどもたちが飛び出したのだ。ぼくたちも、あたしたちも戦うぞ! と、安全なところに避難させていたはずのこどもたちは、教育に使った武器を持って戦場へと飛び出していったのだ。
 もうエルフに未来はない。
 代わりにエルフの人口が減ったことで、資源問題は多少緩和されるだろう。


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