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マゼンダの背中には天使の翼が生えている


 気づいたら見知らぬ部屋にいた。扉は外側から鍵がかかっていて開かなかった。
「お、おいここはどこだ」
「私も気づいたらここにいて……」
『クロウさん、マゼンダさん、ごきげんよう』
 唐突に声が響いた。声のする方を見ると、部屋の隅っこにスピーカーが設置されてあった。
『ここはお互いの背中を掻きあわないと出られない部屋です』
 なんだその全年齢版的な部屋は。
『掻きやすくなるように、かゆくなる粉を振りまいておきました。どうぞ存分に掻きあってください』
 かゆくなるのは嫌だ。こんな部屋はさっさと出てしまおう。
「おいマゼンダ。背中を掻いてやるから背を向けろ」
 おれはマゼンダにそういった。しかし、彼女はなにやら下を向いてもぞもぞとしている。
「どうした?」
「どうしても、背中を見せないとだめ?」
「掻くだけだ。服の上でもいいと思うが」
『いいですよ』
 アナウンスが鼻息荒く同調する。
 そうしている間にも体がむずむずかゆくなってきた。
「早くここを出たいんだが」
「ごめん。私もそうだけど、そうだけど、でも背中を触らせるわけにはいかないんだ……」
 彼女はそう言って肩をもじもじさせる。彼女もかゆいのだろう。
「だったら、この杖を使おう。これなら触らずに済む」
「あ、なるほど」
 おれは腰にさげていた遠回復の杖を取り出す。試しに杖をふってみたが、マゼンダのかゆみは収まらないようだった。
 マゼンダが背中を向けたので、杖の先でぐりぐりと掻く。彼女の背中は意外とごつごつとしていて、杖は要所要所でひっかかった。これを気にしているのだろうか。ならばおれはなにも言うまい。
『背中を掻きあうクロマゼ……しかも恥じらうマゼンダとか……はわ……ありがとう……ありがとう……』
 扉が開いた。まだおれは掻いてもらっていないんだが、どうやら見知らぬ誰かはこれで満足したらしい。
 こうして何事もなく、おれたちは部屋を出ることができたのだった。
 ほんと、何事もなく。


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