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砂を蹴る。


 季節は春、けれど時代は冬だった。
 ガラス戸を開けベランダに出て、朝の冷たい陽気を浴びる。朝といっても11時。平日の景色はいつも通り閑散としている。
 歯だけ磨いて、外に出た。簡単なスウェットを着て、つっかけを履いて。散歩に出る。何時であっても、起きたらそうやって外の空気を浴びるように決めていた。あらかじめ決めていないと、ずっと篭りっきりになってしまいそうだったから。
「あらマゼちゃん。お散歩?」
 アパートの庭で、大家さんが掃除をしていた。適当に会釈して外に出る。彼女につかまるとこれがまた面倒で、職は探したのかとか、いい相手はいないのだとか、よかったら紹介してあげようかとか、そういう話をまくしたててくる。その口数の多さと隙の少なさはリンの連撃のようであったり、ブルースの矢継ぎ早の一射を連想させるほどだった。
 魔王は討伐された。私たちが倒した。それで時代は大きく変わった。討伐のために動いていた大勢の人が職を失った。そんなときこの国では女性は後回しだった。過去の栄光を思い返すと、そういう今もひっついてきて、それが嫌だから散歩する。
 いつもの公園まで歩き、ベンチに座る。道路と違って公園の砂は柔らかくて、つっかけだと砂が指先をなじった。


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