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胎動


 深かった。暗かった。狭かった。怖かった?
 ぶくぶくと内臓が体内で浮かび、体が落ちていく感覚。私は沈んでいく。
 いつかはこうなる運命だった。ずっと前からわかっていたことだった。
 何事もそううまくいくことはない。うまくいって、うまくいって、うまくいったなら悪くなるのが道理というものだ。
 私はそれを知っていた。誰よりも知っていたはずなんだ。死。

 私はいつどこで生まれたのだろう。そんな疑問を、ふと口に出すことがあった。
 いつもいつも、その疑問はギャラックやガーグたち執事を困らせた。
『魔王様、あなたさまは魔物を統括される絶対的な存在、単なる魔物とは一線を画した生まれをなされたのです。それを認識できた者はおりますまい。あなたさまは、我々の高次の存在。我々には計り知れぬのでございます、魔王様』
 疑問に出すと、ギャラックは毎回同じ答えを出した。
 ギャラックがコロシアムに配属され、二代目執事としてやってきたガーグも彼の入れ智恵をあらかじめ聞いていたのだろう。
 誰からも同じような答えしか、返ってくることはなかった。
 私はいつ、どこで。その答えは、誰も教えてはくれない。
 誰も本当に知らないのか、あるいはもしかしたら、みんな、隠し事をしているのかも。
 でも確かめることは、できなかった。
 魔王軍は南へと進軍していき、人間の住む範囲を徐々に狭めていった。私が生まれたときからその進軍は始まったそうだが、詳しいことは、わからなかった。
 ただ、私、という存在があることで、魔物たちがひとつになり、人間を襲うことができる。
 そのルールだけを、見せかけにしか見えないルールだけを知らされて。玉座に座るだけの日々だった。
 それは、私の時間なのに、私のものではないようだった。
 いつもいつも、私は辛かったんだ。

 その日々から救ってくれた人たち。
 体から剣が引き抜かれる。深く、暗く、狭くなっていく視界の奥で、金色の髪がひらりと舞う。
 彼らが救ってくれた。体から力が抜けていく。すべてが沈んでいくのがわかる。
 私は沈んでいく。
 そこは深かった。そこは暗かった。そこは狭かった。そこは怖かった?
 でもそこは、私の場所だった。
 体が、落ちてゆく。暗闇の世界。ああ、これで私は『魔王』という私から別れることができる。

 ――いや、ちがう。
 暗闇に浸るうちに、気づく違和感。
 ここは私の場所だ。でも、私のものじゃない。
 私は胎動している。
 この暗闇は母親なのだ。
 私は、暗闇から生まれたのだ。
 いやだ、いやだ。体がすべてを拒絶する。けれど私は逆らえない。
 深かった。暗かった。狭かった。怖かった。私は死後、胎内に還り、そして再び蘇る。
 私は永遠に魔王から逃れられない。


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