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トカゲ


「あ、トカゲ」
 ふいにテミが声を上げた。指さす先に目をやると、石の壁をぺたぺたとヤモリが這い上がっている。
「あれはヤモリだよ」
「何が違うんですか」
「いろいろ違う」
 私たちの視線に気づいたのか、ヤモリは素早く動き出し、すぐに岩の隙間へと逃げ出してしまった。
 ここはラピス火山。私と助手のテミは、地質研究のためにこの活火山に訪れている。
「トカゲって火山にぴったりですよね。火の象徴ですし」
「だからヤモリだからね。それに、トカゲが火ってのもデマだから」
「もー。うちの博士は細かいですねー」
 トカゲは古くから火の象徴といわれていた。ある時まで、火薬の材料に含まれていたからだ。
 私のような火の魔法使いが、好んでトカゲを食していたという古い文献があり、それを根拠にトカゲは火の魔法の源となる力を秘めていると考えられていたのだ。
 今となってはまったくの眉唾話で、けれど昔話のようにトカゲと火は今もイメージとして人々の頭にこびりついている。火薬に混ぜて小さな命が無為に殺されたという事実は、すっかり霞んでいるというのに。
 深く伸ばした地面の穴に、糸を垂らしていく。この糸は特殊な魔道具で、岩の内容や、温度・湿度の変化によって部分ごとに色がついていく。魔王討伐前は魔物が邪魔でろくに調査はできなかったが、今やっとこうして、本職の研究を進めることができる。
「ガーゴイルってトカゲみたいでしたよね」
「急になに」
「なんとなく、思ったことを言っただけです」
「まったく」
 静かな山の洞窟の奥。水滴がじわりと滲むここで、私は研究を進める。


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