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喋り


 帝国軍にいたころは、妙な風習があった。
 新人たちは次の新人が入るまで決して喋ってはいけない、という決まりだ。
 もちろん同期の新人同士でもだめ。先輩や上官なんてもっとだめ。およそ一年間、決して喋らず、黙々と上の言いつけることをこなし、黙々と飯を食う。オフのときでも軍人と一緒にいるときはその風習は有効だった。
 ま、上下関係をしっかり身に付かせるための訓練の一環だったのだろうが、そのときのオレはとことんそれがいやだったな。
 なにせ風来のジルバといやあ、村では知らない人のいないおしゃべりだ。四六時中喋ってなけりゃ気が済まなかった。今朝がた歯を磨いていたら急に夢の内容を思い出して吹き出し笑いをしちまって鏡にぶちまけちまったみたいな話だけで一日中喋れた。とにかくオレは舌が回るんだ。そんなオレが当分喋っちゃなんねえってんだから、その風習を言いつけた上官も気の毒そうに俺を見てたな。だって入軍してからその決まりを言いつけられるまでのほんの数時間の間に、オレの悪名は広まっていたから。
 さて、オレの同期に少し変わったやつがいる。そいつの名はクロウといった。オレとは真逆で無口なやつで、入ってからその言いつけが伝えられるオリエンテーションまでの間も、とことん喋らなかった。沈黙の銀髪って呼んでオレは大量の自己紹介と大量の質問をなげかけたが、そいつはとにかく喋らねえし、喋ったとしても「いや(答えるつもりはない)」とか「いや(なぜその質問に答える必要があるんだ?)」とか「いや(お前のことなんて興味ない)」とか「いや(そんなことは言ってないだろ)」くらいしか喋っていなかった。オレも途中には折れて他のやつに話しかけてたよ。
 沈黙の一年間はそれはもう苦痛だった。いや、(苦痛だったのは最初の数か月くらいか?) おっとクロウの話し方が移っちまった。とにかくオレたちは上の言いつけを守って、ずっと喋らなかった。上官への質問なんてできないし、なにかモノを落としても「落としましたよ」なんて言えないものだから、拾わなかったり、拾って勝手に押し付けたり、拾ってネコババしたりしていた。
 でも一年が経って、新人が入ってきたある日のことだ。
 おれは制限が解除されても、喋らない人間になっていた。おまえら干支はなんだ? あオレの次か、くらいは聞いてもいいのに、おれはなにもしゃべらなかった。
 というのに、クロウときたら、べらべらべらべら……。
 あいつ、さ。人見知りだったんだよ。


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