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記憶の限り


 クロウは焦っていた。非常に焦っていた。
 懐にあるはずの金がなかったからである。
 どこで落としたのだろう? クロウは記憶を手繰り寄せる。
 金の喪失に気づいたのは居酒屋から家へと帰っている途中のことだった。すぐさま振り返り、これまで来た道を慎重に辿っていく。
 記憶の通り歩いていく。しっかりうつむきながら歩き、金が落ちていないか確認していく。
 途中、公園に立ち寄った。そこには夜でもやっているアイスクリームの移動販売があった。ここでバニラ味を買った覚えがある。そのときには確かに金があった。
 公園を突っ切り、繁華街を歩ていく。そうだ、ここを通っているとき推しのCDが店先に飾られているのを見て、CDショップに立ち寄ったのだった。
 CDショップに入り、やはり店内にも金が落ちていないことを確認する。
 つづいてその隣の特殊な本屋でテミが好きだと言っていたカップリングの書籍を購入した。しかしここにも金は落ちていなかった。
 そのあとは隣の靴屋で新品の靴を買った。
 そのあとは。
 そうやって記憶をたどってこれまで歩いてきた道を辿ってきたが、居酒屋にたどり着くまでの路上に金は落ちていなかった。
 くぐった暖簾を再びくぐる。顔見知りの店主が「おや、忘れ物かい」と聞いてきた。
「ああ、金を置いていかなかったか」
「財布を落としたのかい? ここには置いていかなかったと思うが」
「いや、財布はあるんだ。ただ金がないんだ」
「ん?」
「ん?」
「金だけ落としたのかい?」
「どうやらそうらしい」
「そうかい……」
 どうだろうね。


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