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光の噂


 文学部英文学科のテミさんは、光をくばっている。
 そういう噂が理学部キャンパスにまで届いたのは、秋の暮れのことだった。
 暗い誰かを見つけると、必ずそばに近づいて、光を授けるのだとか。
 光ってなんだよって話だけど、飴をくばっているだけだとか、励ましの言葉をかけているだけだけどその行動が電波みたいだから光という言葉で言い換えられているだとか、あるいはいやらしい言葉の隠語なのだとか。いろんな憶測が飛び交っていて、どれが本当の話なのかはわからなかった。でもきっと、光というからには光っているものなのだろう。
 個人的にそういう曖昧なものは解明したい性質で、だから実物のテミさんって人をこの目で確かめてみたくなった。それで、はるばるシャトルバスに乗って、文学部キャンパスにまでこうしてやってきたってわけ。
「ははぁ、なるほど。それはご苦労様ですー」
 テミさんが隣でこくりと頷く。日当たりの良いベンチでふたり、隣り合って話していた。
 テミさんは意外とすぐに見つかった。キャンパス内を歩いていた女性に「テミさんって人しらない?」と話しかけると、「私がそうですけど」と返ってきたのだった。それで、噂について興味があるから、お茶をおごる代わりに教えてくれない?と持ち込んだ。
「それで、実際はどうなのよ」
「あー、光、ですね。光。うん。それは確かに配っています」
「というと、どんな」
「でも、マゼンダさんのような明るい人は教えられません。きっと軽蔑されちゃうので」
「軽蔑」
「つけ入るスキがないとね、宗教勧誘はできないんですよ。あっ」
「あー、そういう」
「そういうことです。ちょっと家庭が特殊なので」
 でもなんだかんだあってテミさんとは友達になった。


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