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赤い書生


 吾輩は猫である。名前はまだない。
 どこで生まれたかとんと見当もつかぬ。なんでも薄暗いじめじめした所でスライムと共にニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで初めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは魔法使いという人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。
「誰がドウアクよ」
 魔法使いが吾輩の肩を持ち上げた。だらんと腹が下へと伸びる。この魔法使いという人間は吾輩の言葉を理解できるのだ。
 初めて見た人間がこの魔法使いであったから、吾輩はてっきり人間は猫の言葉を解するものだとばかりに思っていた。しかし吾輩がいくら他の人間に話しかけても、撫でられるばかり。妖精に至っては「食べないで!」と逃げられるばかりである。
 魔法使いは書生でもある。吾輩を拾い魔王討伐なるものを終え、邸宅に戻ってからはもっぱら書生である。書生という人間もそうとう獰悪な部類であるらしい。彼女は吾輩を膝に置いて、書斎で筆を取りはじめた。書生という人間は頭の中の幻想を紙に書きだすのが仕事であるらしい。こうなると何時間も彼女は座りっぱなしなので、吾輩は膝の上でじっとしていなくてはならぬのだ。
「嫌ならどこか行っててもいいからね」
 と彼女は言うが、吾輩は賢いので、そこを外したことはない。


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