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春のおつかい


 山あいの村に春が来ていた。色彩豊かな花や木が、青い空と馴染んで育つ。こんな朝は、気分が良い。特訓中も癒される。
 一、二、一、二。規則正しいリズムで拳を打ち出していく。空気をはじく音。この音が出せるようになるまで、何年もの時間がかかった。
 でもそうだな、確かリンのやつは覚えてすぐに出来るようになってたっけ。懐かしい記憶がよみがえる。
「おーいストックや。おつかい行ってきてくれんかのう」
「あ、おじいちゃん」
「ラー油が切れてしもうてのう。ちょっと北西の町まで買って来ておくれ」
 おじいちゃんから駄賃をもらって、村を後にする。北西の町は近いから、ちょうどいいトレーニングになるだろう。一、二、一、二。呼吸を整えて草原を走っていく。スライムが出てきてもプチドラゴンが出てきても、いまの僕なら倒すことができる。拳を突き出し。空気を叩く。
 昔――あの時は、リンに守られてばかりだった。僕は弱かった。それに根性もなかった。
 そんな僕をリンは、文句ひとつ言わず守ってくれた。
 昔の僕は、あいつには遠く及ばない存在だった。それからこうして訓練を積んで、僕も、強くなったんだ。強くなれたんだ。
 もし討伐隊が帰ってきているなら、リンと久しぶりに組手をしよう。きっと、驚いてくれるだろう。
 僕は春の道を走っていく。魔物よけの香り玉を握りながら。


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