ブルース 魔王


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闇夜は青い月に染まる


 闇夜のなかを一組の男女が駆けていた。星々の喧騒は、彼らに追い越されていく木々が、蝕むかのように吸い込んでいる、そこにあるのは森の静寂と肩を揺らす吐息のみ。男は確かな足取りで森の土を蹴り散らし、その手に引かれる女は、足を絡ませまいと必死だった。
「離して。離してよ!」
 ようやく足取りを掴んだ彼女は男の手を振り払う。闇色の髪が反動でなびいた。その色に反し輝いて見えるほどに白い肌は、休まず走って来たがために呼吸することにせわしない。
 対して男は気を悪くする素振りも見せずに振り返る。青い髪は森の闇夜に馴染んで暗い。彼は軽く微笑んだ。
「ちょうどこの辺で休もうと思ってたんだ。あの塔なら隠れるのにぴったりだからね」
 見ると、彼らが止まった先には、空にまで届きそうな高い塔。
「とりあえず、あそこで休むとしようか」
 また手を握られる。温厚そうな顔の強引な誘導を、彼女は振りほどくことができなかった。

 塔の天辺は展望台になっていた。窓はなく、石の柱を縫うように冷たい風が吹いている。男は柱のひとつに弓を立てかけ、自分も腰かけた。数多もの星が自由気ままな妖精のように闇夜を賑わせている。しかし月は、どうやら雲に隠れているようだった。
「どうして……」
 彼女は立ちすくむ。男は空に顔を向けたまま星の数を数えた。ただ冷たい風の音が、彼女の声を乗せて耳に届いてくる。
「どうして。あなたは敵なのに」
 高い塔からはずっと遠くまでを一望できた。二人が逃げ出た魔王城は、正義の炎によって赤く燃え上がっている。それを瞳におさめると彼女は膝を崩す。
 いつか攻め入れられることを、彼女は覚悟していた。あの城の崩壊するときが、自分の死なのだと思っていた。しかしこの身は生き残り、あまつさえ敵のひとりに命を助けられるだなんて。
「今頃、あいつら怒ってるだろうなぁ」
 男がふと呟く。男はまだ星の数を数えていた。その星々は、城では孤独な彼女を慰めるお人形だった。
「怒っているなんてものじゃない。あなたは、仲間を裏切ったのよ」
 風が男の頬を撫でる。頬には赤い切り傷が走っていた。逃がそうとした彼に向けて、金髪の隊長が咄嗟に投げた、槍の線条。その目は信頼を砕かれた怒りに満ちていた。
「あなたが何もしなければ、私は死んで、戦いは終わるはずだった。それなのにどうして」
「仕方ないだろう。惚れちゃったんだから」
 彼は数えるのを止めていた。振り返った顔は、それなのに、おどけたように見えて。
 彼女の闇色の髪が、徐々に青く染まっていった。月が雲から顔を出したのだ。展望台が光に満たされていき、彼女は、瞳から青い光を零した。
「ああ、今夜はブルームーンだ」
 闇夜は青い月に染まる。


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