まずティンクが登場する。彼女は空腹に気がくるっていた。
「ご飯まだかよぅ」
羽をぱたぱたさせて向かったのは、アジト古代遺跡のキッチンだった。
「おーむーらーいーすー。まーぼーどーふー」
キッチンに入る。日差しに晒された石造りの机と椅子、それと湧き水や包丁代わりの刃物が目に入る。いつもはスネップが入り浸っているキッチンだが、今日は見当たらなかった。
「きーんとーきーにーんじーん」
食材を漁る。しかし食糧庫には肉の骨さえ残ってはいなかった。
「えーどうゆうことよこれ!」
隅々を探しても、まったく見つからない。食材がすべて消えていた。
どうせライレフ兄弟がまた悪戯をしたのだろう。彼女は腹を立てる。しかし立てることができるほど腹は膨れていなかった。
「腹へった」
彼女は机に座り込んだ。空腹で体が動かない。
「ゴーン! ゴーン来てー!」
こういうときはしもべ、もといリーダーに助けを乞うに限る。彼女はいつもそうしてきた。ゴーンは彼女の声を聞くとすぐさま駆けつけてくれる便利な奴なのだ。
しかし。ゴーンはやってこなかった。
「ぬぅ」
彼女は力を振り絞って立ち上がる。みんなどうしたというのだろう。ピクニックにでも行っているのだろうか。いや、魔王の命に背いて、この遺跡から離れるとは思えない。
彼女は腹部を抑えながら、魔法を唱えた。
「妖精魔法、シフト・アップ!」
彼女の体が浮かび上がる。シフト・アップは浮遊魔法だ。羽を動かすことなく体が空へ浮かび上がっていく。
古代遺跡全体を見渡せる高さまで昇った。あたりを隅々まで見やる。しかし、誰も見当たらない。
白蛇軍のみんなが、消えていた!
「どういう、こと……」
彼女の体が下降していく。緩やかな降下を続けたあと、すとんと彼女は元の机に尻餅をついた。
「あたしのご飯どうなるのよ!」
それから暫くしてやっと、彼女は再び立ち上がった。
「いいわ。料理くらいあたしがしてあげようじゃない。ふふ。ふふふ……」
彼女は料理をしたことがないのである。
それにここには、食材がない。
「妖精魔法、カット・アップ!」
机の一部が剥がれていく。椅子の一部が剥がれていく。湧き水が宙に浮く。
カット・アップ。それは周囲の物質を無差別に切り取り、ひとつに重ね合わせる魔法だった。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、エビフライになれぇ!」
草木や岩、水などが形質を変え、変容し混ざり合い、エビフライになった。(※ティンクはエビフライにはなりません)
「ふっふっふ。どんなもんよ」
これが妖精流エビフライの作り方である。
なお、食べることはできない。
そのころゴーン一行は、魔王勅令により食材抱えてピクニックに行っていた。
「あれ? ティンクどこだ?」