舞台を陣取るのは、七面鳥。こんがり丸焼け七面鳥。安息を求めるようにレタスに居座っています。その横には、ぐつぐつと地鳴りを続けるグラタン。エビとキノコが織り成す、海と山のハーモニー。隅にはブドウがたわわに実り、腹の空かせた少年少女を、舞台へといざなうのです。
少年少女は、テーブル上の舞台を惚れ入った目で囲んでおりました。赤毛の少女は組んでいた手をほどき、青い髪の少年は指をくわえています。
く、食おうか。
白い髪の少年が、おずおずとそう言いました。
その言葉に動かされて、赤毛の少女がナイフを手に取ります。刃渡りの長いナイフです。鳥肉を切り分けるつもりなのでしょう。
七面鳥はそれを拒みません。ナイフがすうっと、福音を奏でてゆきました。
少年少女の目が輝きます。鳥肉がそれぞれの皿に渡りました。青い髪の少年が、我先に鳥肉を手に取りました。そして目を大きく見開いて、頬張ります。
うまい、うまい!
少年の声がみんなに食欲を与えました。赤毛の少女が舌なめずりをします。白い髪の少年が感謝の祈りを始めました。
わあ、おいしい!
うまい、うまい!
歓声の中でひとり、まだ皿を眺めほうけている少年がいました。金髪をしています。くりっとした瞳をして、小さな口をわずかに開けて。
まだ食べてくれないのかな、七面鳥は寂しそうです。
白い髪の少年が、その様子に気付きました。肩に手を置いて、食事を促します。少年は、ぼーっとしていた自分に気付いて、あわてて鳥肉を手にしました。
あたたかい香り。少年の鼻が戸惑っています。香りはまるで光のように、少年の瞳を、きらきら照らしてゆきました。
少年が、小さな口を大きく開けます。
そして。
「いっ!」
頬を押さえました。
――少年は、口内炎を患っていたのです。
冷たい風が窓を叩きました。空を窺うと、今にも降ってきそうなねずみ色です。
ではみんな、一週間後にまた会おう。
教師の声を合図に、少年少女が教室を飛び出ていきます。
先生ばいばい!
背の低い妖精みたいな女の子が、快活に手を振ります。教師はにこっと笑って、手を振り返しました。しかしもう、女の子は教室にいません。
今年度から、新たに秋休みが導入されることとなりました。教育院が新構築されたことにより、色々と制度が変わってきているのです。これまでは九月から新年度が始まっていましたが、四月からに変わりました。それに合わせて、冬休みを長くし、夏休みを半分にしたのですが、授業数が予定よりも多くなってしまうミスが生じてしまいました。そこで考えられたのが、秋休みの登場です。一週間の秋休みを設けることで、登校日数を調節したのです。
その話を聞いたとき、少年ブロントは落ち込みました。他のみんなは歓喜しましたが、ブロントだけ、金髪を揺らして下を向いたのです。
ブロントのおうちはいつでも静かです。
お父さんは一流の企業の偉い人で、滅多に帰ってきません。
お母さんは去年お父さんと大喧嘩をして、出て行きました。お父さんが他の女の人と遊びまわっていたせいでした。
ブロントは優秀な少年です。先生に問題を出されても、ちゃんと答えを言うことができます。この前などは、ブロントよりも二歳も年上の生徒が答えられなかった問題を、ブロントは答えることができました。
一度だけ、お父さんが家政婦を雇ったことがあるのですが、若い家政婦がブロントを苛めてからは、すぐにやめました。
ブロントはしっかり者です。一人でもウィール街のお店にまで行って、ご飯を食べることができます。お掃除も自分でできます。
ただし、早寝早起きだけは、苦手でした。
ブロントは寂しがりやさんでした。おうちには誰もいないのです。ブロントは家にいるのがイヤでした。
ブロントは学校が好きです。たくさんの友達がいるのですから。勉強教えてと、友達が寄ってきます。そのためにブロントは、おうちでは勉強を頑張りました。お父さんが帰ってくるかもしれない、夜遅くまで勉強を頑張りました。
空がねずみ色です。
ブロントはおうちに帰らずに、椅子に座ったまま窓を眺めていました。
今日から一週間、学校には来れません。来ても、誰もいないでしょう。
とうとう雨が降り出しました。
おい、ブロント。いつまでそこにいるんだい?
「でも先生。ぼくは傘を持っていないんです」
そうか。じゃあ、職員室においで。ここは寒い。ミルクココアを飲もう。
教室に残っているのはブロントだけでした。
ミルクココアは甘くて苦い味がします。そして痛い味がします。舌があたたまりました。飲み込むと、胸の奥からじんわりと広がりを感じます。
今日から秋休みだな。
「そうですね」
先生は、ブロントの声が暗いのを見つけました。
どうしたんだ、嬉しくないのか?
「はい」
ブロントは正直に話すことにしました。ミルクココアは残っています。
「口内炎が痛いです」
先生が教えてくれました。
確かに、今回の秋休みの導入は、おかしい。授業数にミスを起こすなど、なにごとか。そもそも、なぜ四月からにしたのだ。
疑問を感じている教師も、多くいるようです。いつの間にか先生たちがブロントを取り囲んで、討論を始めました。
教育院の新構築と聞くが、どう変わったのか公表されていないじゃないか。
責任者が変わったのか?
魔族の者たちが乗っ取ったという噂があるが。
莫迦言うんじゃない。魔族が政治に関わるわけがないだろう。
なぜそう言いきれる?
待て待て。まさかお前、魔族なのか?
ちょっとなによ。彼が魔族なわけないじゃない。
ふん。魔族なんて、ウィールに行きゃあ一人はいるさぁ。
莫迦な! ウィールは世界一安全な地域だぞ。
「あ、あの」
ブロントが小さな口を開けました。口内炎が伸びて痛みが走ります。
「ぼくもう、帰ります」
先生に傘を借りたので、雨の中でもへっちゃらでした。
でも風が吹いて、ブロントの金髪を掻き乱します。
家に帰ると、そこにはお父さんがいました。
「パパ!」
おおブロント。元気にしていたか。心配したぞ。
「え? 心配?」
政府に交換条件を出されていて、どうしてもお前と一緒にいられなかったのだよ。ああ、ブロント。……ちょっと痩せたんじゃないか。
「ううん、そんなことないよ。ウィール街のおじさんがね、料理を作ってくれるんだ。パパから貰ったお金があれば、いくらでも好きなものが食べられたんだよ」
そうかそうか。おうちも綺麗だし、しっかりしていたんだな。
「パパ」
なんだ?
「お仕事はいいの?」
休みを取ったんだよ。一週間。
「一週間?」
そうさ。ブロント、お前も秋休みなのだろう? あれはな、パパが考えたのだよ。
「え……」
ブロントはしっかり者です。
一人でなんでもできます。
それはお父さんのおかげでした。
お父さんが、いろんな女の人と遊んだおかげなのでした。
ブロントはしっかり者です。ブロントはなんだってできるのです。
なんでもできる生物の血。ブロントの中を流れる血。
ブロントはお友達をたくさん、おうちに呼ぶことにしました。秋休みなので、学校に友達は来ません。一週間ひとりぼっちなのは寂しいのです。
昔、ウィールのおじさんが、七面鳥をさばいてくれたことがありました。ブロントはそのときを思い出しながら、頑張って肉を切って焼きました。
うまい、うまい!
青い髪の少年が叫びました。
わあ、おいしい!
赤毛の少女も、嬉しそうな顔をしています。
ぼくはね、ブロント、七面鳥を食べるのは初めてなんだ。
白い髪の少年が、そう言いました。青い髪の子も、赤毛の子も、初めてだったようです。
「へえ、そうなんだ」
ブロントはあまり噛まずに肉を飲み込みました。口内炎が痛くて、あまり口の中に物を入れたくないのです。当たると、びり、痛みが広がります。
血の味がしました。