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ましょ


 チャイムが鳴ったので玄関を開けると、リンがレジ袋片手ににやにやと笑っていた。こういう顔をしているときは大抵、中にはハーゲンダッツが入っている。
「どうしたの急に」
「またまた分かってるくせにー。このこのー」
 レジ袋が擦れた音を出す。ごめんまったく思い当たるものがない。
「あがっていいよ」
「わーありがとう。そうだよねいまご両親は外出中で家にはマゼンダ一人しかいないもんね」
「なぜ知っている」
 階段を上り、部屋に招き入れる。リンが言っていた通りいまこの家には私マゼンダしかいない。
「アイス食べよー。私ストロベリーね」
 リンは勝手知ったる家のようにベッドにあぐらをかき、レジ袋からカップをひとつ取り出す。そのままレジ袋をベッドの脇に置き、舌なめずりを始め蓋を開けた。
「ったく」
 レジ袋を拾い、中の残りを取り出した。ば、バラ味……? リンを睨みつけてから私もリンの隣に座った。でもバラってどんな味するんだろう。わくわくする。
「ねえマゼンダ」
 プラスチックのスプーンを口に含みながら、リンが言う。
「私のやる気スイッチ食べたでしょう」
 私はバラ味ハーゲンダッツの蓋を開けた。食品サンプルのようなにおいがする。
「なんのこと?」
「だから、私のやる気」
「リン、あのおまじないまだ信じてるの?」
 私たちの学校には、あるおまじないが以前流行っていた。やる気スイッチと呼ばれるものを作り出し、そのスイッチを押すとあるひとつの願い事を叶えるまでずっとやる気を得ることができるらしい。作るときに必要なのは、紙と、ペンと、おかしがひとつ。そのおかしはどんなおかしでもいいけれど、長持ちするものが好ましい。
 紙を半分に折り、半分に自分の願い事を、もう半分におかしを載せる。そして唱えるのだ。「魔女さん魔女さん、見えない魔女さん、私のやる気スイッチをください」じっくりを念を込めるつもりでこれを三回繰り返し唱える。そしておかしを紙に包んで、一ヵ月持ち続けるのだ。
 やる気スイッチとは、つまりただのおかしだった。一か月後、紙をときぼろぼろになったおかしを食べる。それがやる気スイッチの押し方だった。
 リンは、今度の中間試験で全科目百点を取るのが願いだと言っていた。やる気スイッチを押して、思い切り勉強するほどのやる気を出して、その成績で推薦を取り、好きな奴と同じ高校に行くのだと言っていた。だったらその好きな奴と付き合えるようになることを願い事にすればいいのにと聞くと、リンは、それはもうやる気あるから、と照れ臭そうに言っていた。うざい。
 しかし彼女のおかしは、二十九日目に突然消えてしまったのだ。
「私のやる気スイッチ、食べたんでしょ」
「なんで、私が」
「私知ってたんだから。マゼンダもクロウのこと好きなんでしょ。だから横取りしたんだ」
 おまじないのルールには、あまり知られていない続きがある。おかしは、奪うことができるのだ。そして奪ったおかしの日数は、奪った人に継続される。奪った人はその紙を他に自分の願い事を書いた紙に包むことで、日数を短縮してやる気スイッチを奪うことができた。
 もちろん、ただのまやかしにすぎないけれど。
「ずるいよ。マゼンダも勉強できないからってさ。私のやる気スイッチ返してよ。ばかぁ」
 ハーゲンダッツが床にこぼれる。ああ汚い。
「うっさいわね。そんなおまじないしてもリンがあの高校受かるわけないでしょ」
「わかんないでしょそんなことは!」
 いま、私の家に両親はいない。
「受からないのよ。ばかはそっちよばーか」
 いま、私の家には私ひとりしかいない。
 ――魔女さん、魔女さん、見えない魔女さん……。
 みんな私がやる気出して殺しちゃったんだから。


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