「私はエルフ族の最後の生き残りです。かつては人間の仲間たちとともに魔王討伐を目指していましたが、かないませんでした」
それが彼の最初の言葉だった。魔物や精霊以外の生き物を見るのもそれが初めてだった。
彼はレンガ造りの家屋でひとり、寝台に横たわっていた。もう先は長くないのだという。
命が尽きるとは、どういうことなのだろう。魔物は倒すと消える。あのとき魔物は命も尽きているのだろうか。
「これをあなたに託します」
彼はその細枝のような指で、ネックレスにしていた鍵を持ち上げる。
それを受け取って、ミズキはその場を後にした。
光の精霊と出会い、それから100年の眠りを経て、ミズキは2号になった。そのあいだに彼がいた家屋はなくなっていた。
彼の最期は看取れなかった。
命が尽きるということが、魔物が消えることとどう違うのか、これでもう確かめるすべはなくなった。
彼の最後の言葉が何だったのかも、もう、確かめることはできない。
*
「まったく厄介なものを預かりましたねぇ」
赤毛の女の子と、青髪の男の子。ミドリに頼まれて、エルフで預かることになった人間の双子だ。
森の広場で二人の児童がかけっこをしている。エリスが疲れた顔を隠せずに彼らを追いかけていた。
その無邪気な顔を遠巻きに眺めていると、愉快な気分になりつつも、人間の面倒臭さを思う。
「あんなにいい子たちなのに、住むところがないなんて。人間は薄情ですね」
エミリが言う。
ルファは無言で頷いた。
「ルファおじちゃーん!」
赤毛の少女、ミズキちゃんが駆け寄ってくる。青いほうはミズキくん。性別で呼称を区別する風習はエルフにはないため、人間の表現を借用しているが、ついつい二人を前にしたときでも「ミズキ」と呼んでしまう。すると二人ともが反応し、「どっちー?」と何百歳も年上のルファをからかってくる。とかく人間のこどもは厄介だった。
しかし厄介な時間は長くはもたなかった。
ミズキが、死んだ。
二人の人間のこどもは、エルフ総出の攻防もむなしく、突如現れた魔物の群れに踏みつぶされた。
後にバジリスクと呼ばれる、ファイアビートルと呼ばれる、デスコボルトと呼ばれる新しい魔物が現れた日のことだった。
*
今際の際に見る過去は、極彩色の絵の具をぶちまけたように鮮やかだ。
ミズキ。かつて預かった人間のこども。それが巡り巡った輪廻の果てに、魔法機械として私の前に現れた。
討伐隊として新種の魔王を討とうとし、失敗に終わった。私の人生は失敗ばかりだった。
けれど最後にあの姿が見られたのだから、長生きはしてみるものだ。
『人間になりたい!』
無邪気に言う魔法機械の顔を思い起こす。
ミズキを作った光の精霊は、私にこれを見せたいがために、私に魔物のカギを渡させたいがためにこの憧憬を見せたのだろうか。
だとしたらあまりに計算ずくで、残酷な宿命だ。
私の元へと、死が寄り添ってくる。
「ミズキ、あなたは人間ですよ」
その首を刈り取られる前に、伝わらない言葉を虚空になびかせた。