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リレー小説(お題:トランプ)

執筆:淡雪、u17、フィンディル(執筆者別に色分けする

「さて、ブロントからだよ」
 ブルースは手札を配り終え、薄く笑った。
 男五人で、手札の背中を向き合わせる。
 ババ抜きだ。でも、ただのババ抜きではなく、彼らは賭けをしていた。
 ブロントがさっそく、クロウの手札から一枚抜き取る。
 クラブの6。手札にあるハートの6と合わせて、ブロントは場にカードを捨てた。
 本当は賭けたくなどなかった。結果に関わらず、この賭け自体が隊の今後を危うくさせる。
 しかし負けることだけは絶対に避けなければならない。
 何故ならば、敗者に課せられる罰は──

「マゼンダに、偽りの告白をする」

 そんな、容易く男女間の禁忌を犯しなおかつ場合によっては著しく乙女のプライバシーを踏みにじる行為だとルファによって定められてしまったのだ。
 次にクロウが隣のジルバのカードを抜き取った。始まったばかりだというのに、緊張の面持ちである。
 カードはダイヤの7だった。7は手札にない。クロウは無言で続きを促した。
 そもそも、なぜマゼンダなのか。なぜ他の女性陣を差し置いて彼女なのか。それは彼女の独特な語彙にあった。
 バーバー。
 マゼンダは美容院のことをこう呼ぶ。
 そのことを知ったルファは爆発するほど笑い、そしてこの地獄のババ抜きを思いついた。最後にババを持った者が、バーバーと結ばれる。
 ──いや結ばれねぇよ?
 ルファの札を選びつつ、ジルバは内心毒づく。
 ──偽告白って決めて告白ってなんだよ。不誠実の塊かよエルフには人の心がねぇのか?……あ、エルフだから人じゃねぇわ。
 ニコニコと腹の読めない微笑すら不誠実に感じるが、とりあえず札を引く。……スペードの5。ジルバの手元に5はなかった。
 次はルファの手番。ルファは持ち前のポーカーフェイス(にやけ顔)で体面を整えていたが、内心は気が気でなかった。マゼンダの特殊な語彙を目の当たりにし、このゲームを思いついたが、あのときの自分はどうかしていたに違いない。
 手札のジョーカーが不気味な笑みをルファに向けている。
 だが心配せずとも勝負どころはいずれやってくる。ルファはジョーカーをも上回る笑みを貼り付け、ブルースの扇から一枚抜く。スペードのクイーン。ない。
 ──なんですかこのクソゲー。
 ルファは腹の中で、胃に穴が空くほど地団駄を踏んだ。
 ──罰ゲーム自体は構わないんだけどね。
 偽告白には自信がある。嘘を突き通せる自負ならばブルースには十全にある。
 ──ブロントかクロウあたりが「本気」だったらどうするの?下手したら死ぬよね、僕。
 これは、場合によっては命の危機だ。ジルバならまだ勝てるかもしれないが、ブロントやクロウに勝てるわけがない。ミスリルの剣は強い。
 ブロントの手札から一枚引き抜くと、ダイヤのJだった。カードに書かれた男性が、鋭い剣を覗かせている。手札のハートのJと組み合わせて、振り払うように場に捨てた。
 ――僕は、死にたくない。
 二周目。さきほどカードを減らしたブロントは、更に減らすべくクロウの手札に向く。そのとき、クロウが一枚だけを押し上げた。
 ──いいだろう、その勝負。乗ってやる。
 ブロントがクロウの瞳を見据える。クロウの真意を探るためだ。一流の戦士は瞳を見ただけで相手の戦術を盗み取るという。ならばここは、例え相手が百戦錬磨の聖騎士だとしても、勝負に勝ってやろうではないか。
 ……ひとつ悲しいお知らせがあるとすれば、ブロントもクロウもジョーカーを持っていないことだろうか。
 ──ノリで仕掛けてみたが、まさか乗ってくるとはな。
 つまりは、
 ──ジョーカーを持っているのはお前か、ブロント。
 何ということはない。勝負を仕掛けられて乗るということは、すなわち戦うに値する心当たりがある……百戦錬磨の聖騎士たるもの、油断など言語道断。相手はかのコロシアムで死闘を繰り広げた戦士なのだから。
 ……もっとも、ジョーカーを持っているのはブロントでもクロウでもないのだが。むしろ、手番の遠いルファなのだが。
 ブロントとクロウの茶番が過ぎ去り、ジルバの手番。二人の真剣に馬鹿やっているやり取りを眺めているうちに、エルフへの毒もある程度抜けてきて、冷静になってきた。おそらく、ジョーカーはルファかブルースが持っているだろう。別の馬鹿二人なら、とっくにその素振りを出していそうなものだ。
 ――とすると、このエルフがジョーカーかもしれねえ。
 依然として張り付いている笑顔を、ジルバはじっと眺める。その顔の奥で、一体なにを考えているのか。
 じっくりと顔を覗き込みながら、ジルバはルファのカードを引いた。
 ルファのにやけ顔が薄皮一枚ほど収まったことに気付いたのは誰もいなかった。他の面々は勿論、ルファの表情を砂粒を拾うほどに見つめていたジルバでさえも。何故ならば今の今までルファが纏っていたにやけ顔が、目の前のカードに今あるからだ。
 ジョーカーがジルバに移動した。
 ──ウッソだろおい
 顔に出すわけにはいかない。バレたらやばい。なんたって百戦錬磨の聖騎士だぞ相手。顔から読まれたら凄まじい直感で避けられるに決まってるだろ。
 と、心の中で叫んでいるであろう姿を見、ルファは腹の中で高らかにガッツポーズを突き上げた。
「ふ」
 腹の中だけにするはずが、少しだけ、声が漏れる。しまった! と思ったが、むしろそれでいいのかとも思える。
「ふはははは! やったぞ!」
 盛大に笑うルファを見て、ジルバが顔を青ざめた。これで完全に、ジルバにジョーカーが移ったことがバレてしまった。
「――む。失礼」
 ルファはまた顔を引き戻し、ブルースと向き合う。ブルースもまた、唇をぎゅっと噛みしめていた。
 ──え? ということは、お前。
 ブロントとクロウが顔を見合わせた。
 それからババ抜きは進み、五人はそれぞれ手札を減らしていった。しかしジョーカーの所在を知った百戦錬磨の聖騎士はジルバの予想通り、ことごとくジョーカーを回避していった。ジョーカーはいまだジルバの手中だ。
 ──やべぇ!!俺にマゼンダに告白しろってか!?でもこうなったら腹を決めるしかねぇ……のか……?
 すまねぇティンク!!と、冷や汗がじっとりと掌を湿らせていく。そもそも想い人がいるのにこんな罰ゲームに乗るべきではなかった、と、今更後悔が全身を鎧よりも重くする。
 ちくしょうちくしょうと呟きながらルファの手札を抜き取った。クラブの5。いや、まだ諦めちゃいけない! 初めに引き抜いたスペードの5と合わせて場に捨てる。ジルバの手札は、ジョーカーを合わせて残り2枚になった。
 ジルバがカードを捨てたことで、全体にも緊張が走る。早くこの場を抜けたいと、誰もが思っていた。
 ジルバに引かれたことでルファの手札は残り一枚になっていた。ここでブルースから引いたカードが揃えばルファは上がりだ。ルファはハートのKを持っている。
 ──ハートのKとは、また随分と私にお似合いのカードですね。お似合いならば、私にはこれを引き寄せる力があります。
 そしてルファは考えるのをやめた。無の境地。ブルースの手札から一枚抜き取った。
 ……ダイヤのK。
「ふはははは! やったぞ! ミドリ! 俺はやったぞ!」
 ルファがK二枚を放り捨てて盛大に笑い、一同が様々な意味で顔を青ざめた。
「――む。失礼」
 ──なんで好きな人いるのに参加……って言うか言い出しっぺだよねこのエルフ!?
 そんな茶番で命の危機に瀕することとなったブルース。ルファが抜けたことで自分が敗北する可能性が濃厚になった哀れなブルース。ミスリルの剣が首筋に突きつけられている想像が脳裏を掠める。
 ──死にたくない!
 瞳をぎゅっと瞑り、ブロントの手札から引く。余裕は既に消え失せた。クローバーのJ。またジャック。また剣。しかも今度は捨てる札などない。首元にミスリルの剣を突きつけられている自分を想像してしまう。
 ブロントも真剣だった。ジルバの様子を見る限り、クロウにジョーカーは移っていないようだが、確信があるわけではない。
 それに、まだ手札は2枚ある。早く抜け出さないと気が休まるものではなかった。
 クロウはまたも、一枚だけを目立たせるように手札を持っている。今度は茶番ではない。ジョーカーのあるなしに関わらず、自分の手札に合っているものを見つけ出さないといけない。鼻息が荒くなる。
 じっくり考え、目立っている一枚を引くと、ダイヤの9だった。ブロントは目を瞑る。9は手札にはなかった。
 ──わあお、これどうなんだ?負けたら告白して、実は嘘でした……ってばらす?俺そんなことしたら消し炭だよな?
 笑顔で炎の書を構える魔術師が瞼にちらつく。薄目を開いてクロウを見る。無表情だ。何一つ感情が伺い知れない。
 クロウはブロントの視線など気にもとめず、ジルバの手札を探る。
 ──どれがジョーカーだ?
 冷や汗をダラダラ流しているのは、彼の手札にまだジョーカーが紛れているからだろう。先程から適当に引いてはいるが、クロウは未だジョーカーを探り当ててはいない。
 ──ちくしょう!百戦錬磨の聖騎士には勝てねぇってか!?
 適当に引いているだけなのに買い被って焦るジルバもジルバだが。
「!」
 刹那、場の空気が変わった。
 落ち着いたクロウの表情に、確かな変化があった。
 ──こいつ、引きやがった。
 ブロントの緊張が高まる。
 ──神様ありがとう!!!
 ジルバは喜びを隠しきれない。
 ──また死が近づいた!?
 ブルースは相も変わらず死神に取り憑かれている。
 道化は、今やクロウの手元で笑っていた。
 ――さあ、ここでゴールを決めてやる。
 ジルバの手札は残り1枚。クラブのJだけだ。
 ブルースはというと、クローバーのJと、ハートの9。
 ――ティンク。見守っていてくれ、ティンク!
 想い人の名前を胸の内で連呼する。ここで上がる。ここで上がる。ここで上がる!
 奪い取るようにブルースから一枚を抜き取った。
 果たして、それはクローバーのJだった。
「よっしゃああああ! 見たかティンクうううう!」
 ジルバが雄叫びを上げ、一同はまたもや顔を青ざめた。場の不穏さを感じ取ったルファが、口笛を吹きながらその場を後にしようとするが、ブルースががしりとその肩を掴む。
「最後までいなよ」
 その顔は、青ざめた顔を通り越してもはや無表情だった。
 まだブロントにジョーカーは渡っていない。だが、早めに抜けなければミスリルの剣、もしくは炎の書で殺られる。ブルースの頭の中は既にメメントモリ一色だった。
「ねぇ、ブロント」
 殺らなければ、殺られる。
「本当は僕がジョーカーを持ってたらどうする?」
 撹乱して、手札を読む──!!
 ──マジで?クロウかと思ってたけどここで?いや、それはないだろ……。ないよな?
 炎の書で焼かれるのは流石に困る。何故か目の前の顔面蒼白なアーチャーを見ていたらそんな想像が浮かんでくる。メメントモリの伝染、恐るべし。
 ──ん?でも今持ってるのはクロウだよな?だったら次引いてピンチなのは俺?ならブルースがここでそういうこと言う理由って何だ?
 撹乱は成功した。考え込んだブロントの手札が、ほんのわずか、傾く。
 ──ダイヤの9!!!
 ブルースは、生を引き寄せた。ハートの9と合わせて、はらりと札が落ちる。
「助かった……」
 半ば放心するように、ブルースは天を仰いだ。仰いだ先に天使が見えた気がした。幻覚だった。
 ついに一騎打ちとなった。
 ――やはり、ジョーカーを持っているのはクロウだったか。それにしても、最後のブルースのブラフはなんだったんだ……。
 ブロントとクロウ。ブロントの手札2枚に対し、クロウはジョーカーを合わせて3枚。他の連中に対して、結果的に遅い展開になってしまった。
 だが、ここでジョーカー以外を引けば、必然的にブロントの勝利となる。一騎打ちにふさわしい展開ともいえた。
 3分の2の確率で勝てる。こんな絶好のチャンスはない。
 ――俺は知っている。クロウが、内心ではマゼンダに想いを寄せていることを。
 ルファがこのゲームを提案したときに、クロウの顔が強張るのを、ブロントは見逃さなかった。普段は何事も斜に構えているクロウが、このゲームの中では真剣に取り組んでいることも、その証左だ。
 ――俺が背中を押してやるよ。
 クロウは懲りずに、一枚だけ上にずらして、目立たせる戦法を取ってきていた。これが本当の真剣勝負。受けて立とうじゃねえか!
 クロウの思考をシミュレートする。今までの戦法を思い出す。そしてその顔を観察する。
「わかったぜ」
 つい、声が漏れた。
「真ん中が、ジョーカーだ!」
 左端のカードを引き抜く。
「えっ」
 そっちがジョーカーだった。
 ──何故だ。ジョーカーは脇に押しやって守ってきた。何故わざわざ目立たない方を引いた。
 何事も斜に構えるクロウは、そもそも、ゲームに慣れていなかった。
 負ければマゼンダに告白する。それはつまり、マゼンダに思いすら寄せていない唇から、不埒な愛の告白が飛び出すということだ。怒る?間違えるな。彼女も年頃の少女だ。……傷つくに決まっている。
 ──だが、わからん。
 ババ抜き、と聞いた。数字を合わせたら札を捨てる。そのルールはクロウも理解した。
 ──ジョーカーを守り抜けば勝者ではないと、途中で勘づいた。ならば、負けとはなんだ……?俺はどう負ければいい……?
 ルールくらい確認するべきである。
 ──たかがゲームと侮っていた。くだらんと思っていた。だが……ここまで奥深いものだったとはな……。
 ブロントの瞳を見る。たとえゲームとはいえ、勝負は勝負だ。
 ──俺はわざと負けるというのは性にあわん。正々堂々と、ジョーカーを守り抜く……!
 至って真面目だが、それは負ける方法である。ブロントの札からクロウの元へジョーカーが引き戻された。
 ――帰ってきた。おれのプリンセス(ジョーカー)が帰ってきた!
 クロウはひとり興奮する。ブロントも同じく勝利の兆しに興奮していた。
 しかも、クロウは手札をシャッフルしようとしなかった。
 シャッフルという概念を知らなかったのである。
 ブロントの手元から引き抜いたジョーカーは、ブロントの目の前で、手札の左端に配置された。そのまま、隠れて動かすようなことは微塵もなかった。
 ジョーカーが道化の笑いをクロウに向ける。クロウは、その顔にひとり安らいだ。
 そのうちにブロントが別のカードを引き、ゲームは終了となったのだった。
「ちょっと男子たちー? さっきからうるっさいんだけど」
 ブロントが勝利の雄叫びを上げていると、男たちのところへマゼンダが飛び込んできた。
「マ、マゼンダ!?」
 クロウが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
 ブロントはニヤニヤと成り行きを見守る。ブルースは疲れ果てて突っ伏した顔をゆるゆると持ち上げ、そこでジルバもようやくクロウの本心を理解する。
「マゼンダ、俺はお前のために戦った」
 あらゆる茶番の過程をすっ飛ばし、クロウは愛の言葉を紡ぐ。
「え、な、何、いきなり……」
 狼狽えるマゼンダ。
「誰にもプリンセス(※ジョーカー)を渡すつもりなどなかったからな」
 マゼンダの顔がぼふん、と真っ赤になる。
「なっ、ずるいですよクロウ!そんな手があるなら私も罰ゲームはミドリに設定しいだだだジルバ何するんですかヘッドロック、ヘッドロックはやめ、死ぬ、死ぬ!!」
「お前がふざけたこと言うからティンクへの純真が踏みにじられるとこだったんだろうがぁぁあ!!」
 ジルバに絞められ泡を吹くルファを尻目に、ブルースはフラフラと部屋を後にする。
「生きてる……念の為テミの回復……」
 その様子を見ながら、
「ジョーカーってのは人にとってはおちょくる道化だけど、場合によっちゃ死神で……また場合によっちゃ、キューピットだったかもしれないな」
 なんだかんだ正統派な楽しみ方をしていた隊長が、うんうんと頷く。
 クロウが握りしめたジョーカーの笑みが、「楽しかった」と告げているように見えた。


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