リン


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新時代


 拳を強く握りしめると、むかしのやくそくを思い出す。スライムが飛びかかってきた。握りしめた拳が、空を突く。物を打ち付けたような音が空気を叩き、その衝撃に、スライムの体が弾けた。拳はスライムの体に付着するいとまも与えない。
 リンは魔物を相手に、ひとり戦っていた。村に魔物の集団が襲いかかってきたのだ。ウィスプに、スライム、そしてオーガが、群れを作って家を燃やそうとしている。村長ら村人たちは、鼻の利くリンの警告を受けて既に南に避難していた。いまこの村にいるのは、リンと魔物たちと、無人の家だけ。
 ニィっと笑う。銀狼の顔が脳裏に浮かんだ。あのやくそくは、まだ反故にはなっちゃいないはずだ。あいつはまだ死んではいないだろうから。
 ウィスプに囲まれる。リンは咄嗟に足で円を描く。その勢いに飲まれて砂煙が舞い上がった。周囲のウィスプに砂がかかる。かと思えば砂はウィスプの炎もろとも、リンの拳が作り上げた風で吹き飛んだ。炎のなかにあったウィスプの核が、顕わになり、その直後には粉々になっている。
 リンは人として生まれる以前、コボルトだった。人間の形をした狼だ。
 コボルトだったリンは雪原に住んでいた。そこはコボルトの巣窟だった。狩をし、子を作り、そして仲間同士で拳を打ち付けあい腕を磨く。戦闘種族の生きる雪原だった。
 そこの長は銀狼と名乗る、目元に大きな傷痕の走っているコボルトだった。コボルトの中で一番強いコボルトだ。他のコボルトたちは、彼への忠誠を誓うことを条件に、雪原に暮らすことが許される。かつての「私」は、その地位が喉から手が出るほど欲しかったのだ。奪ってやりたかったのだ。だから、銀狼に噛みついた。
 スライムとウィスプでは相手にならないと気づいたようで、オーガが眼前に迫ってきた。リンの二倍ほどもある体躯で、とても大きな斧を持っている。でも勝てる。私なら勝てる。リンはぐっと腰を落とす。
 銀狼は容赦しなかった。あいつは恐ろしいほどに強かった。腕の骨は折られ、内臓は痛みの熱さに燃えた。朦朧としていく意識のなかで、銀狼は言ったのだ。「強くなれ」
 オーガに拳を入れた瞬間、空から燃え盛る岩石が降りかかってきた。メテオだ。一体どこから。まさかこのオーガが? いや、オーガは魔法を使えない。
 リンは顔を歪める。このオーガは囮だったのか。オーガの内臓が破裂する。岩石が降り注ぎ村の建物が一気に潰れていく。
 私の村が。リンは駆け出す。どこだ。一体どこのどいつが私の村を。
 リンとして生まれた後も、コボルトの記憶は残っていた。だから最初は、リンを生んだ人間たちをひどく嫌ったものだった。でも今は違う。今の私はリンなのだ。人間だ。
 いた。屋上だ。崩れていく家屋のなかで、一件だけ崩れずに残っている建物がある。その家屋は屋根が燃えていたが、よく見たらそれは、ただの炎ではなくウィスプだった。
 地面を蹴りあげる。みんなごめん! 建物の柱をへし折る。生き残りの家が崩れる。ぱちぱちと炎の鳴る音。ウィスプの奇声か。屋根が落ちてくる。リンは思い切り、拳を突き上げた。…………。
 魔物を殲滅したリンは、地面にへたり込んだ。魔物には勝てたが、村はすべて失ってしまった。私が守るはずだったのに。私は強くなったのに。
 それから暫くして、村人たちが帰ってきた。魔王討伐隊とやらいう者たちとともに。
 ごめんね。ごめんね。リンの涙に、村人たちは首を振る。リン。きみのおかげでみんなが助かった。村はこれから、また新しく始めていけばいい。
 討伐隊の人たちが、ぜひおれたちと来ないかとリンを勧誘する。あんた強えよ。一緒に魔王城を目指そうぜ――。
 魔王城までの道中には、雪原があるはずだ。
「強くなれ」銀狼の言葉。その言葉は暗に、リンにリベンジの機会が与えられていることを意味していた。私は転生して強くなった。村が壊れて強くなった。そしてこれからも強くなる。
 新たなる時代が、始まる。


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