-


トップへ戻る短編一覧に戻るテンミリオン二次創作一覧に戻る


今日はブラッククリスマス

1

 雪が降る。ホワイトクリスマスだ。
 暗い空を、ぽつぽつと雪が飾っていく。
 それらが商店街の化粧と合っていて、今日の日付をふいに思わせた。

 目的地なんて、ない。
 原因は私の軽口だった。
 ブルースは今頃、女の子に囲まれて楽しく騒いでいるんだろうね。それをリンの隣で言ったことがいけなかった。
 リンは顔を真っ赤にして、出てって! チキンを投げつけてきた。

 商店街は華やかだ。綺麗に儚く華やかだ。
 本来、そこに曇りは見つからない。
 雪は白い。暗い空から、灯りに降りて、馴染んで消える。
 見えなくなった雪も白い。
 雪ににおいがあるのなら、それもきっと白いんだろう。

 今日はホワイトクリスマス。
 そんな白い景色の中で、なぜこの店だけ、こんなにも暗いのだろう。
 商店街を分断するみたいに、店はあった。
 装飾は皆無。
 そもそも開店していない。締め切ったシャッターには落書きが巡っている。
 赤と黄色の文字。かすれた文字。絵と混ざってる。暗い。光を浴びない芸術。
 私は嫌いだ。

 カップルが一組、すれ違った。
 女は誰だか分からないが、男のほうは、明らかにブルースだった。
 髪を現代風に染めている。でも奇抜で目を引いて、センス悪い。
 ブルースも私に気付いたようだった。お、そう短い発言をして、それだけで通り過ぎていく。
 ねー今のだれー。女がブルースに訊いていた。ブルースが答えるよりも早く、私は二人から目を逸らした。
 落書きも無視した。ジュースを買おうと思った。喉は渇いていない。

 自動販売機はさほど華麗ではなかった。飾り気がない。
 炭酸は控えている。オレンジジュースを買おうと思った。これは甘くて好きだ。
 財布を置いてきたことに気付いた。
 喉が渇いた。

2

 商店街を歩く人はまばらだ。ほとんどが一人きりで歩いている。
 クリスマス。この五文字が彼らを一人にしているんだ。
 私を一人にしているんだ。

 ブルースはあの女とどこへ行くのだろう。どこへ歩いていくのだろう。
 つまらない。財布だけでなく携帯電話も、リンの部屋にある。
 そして残念なことに、私はリンの家と反対のほうを向いている。
 そのまま真っ直ぐ進んでいる。
 振り返ろうとしない。
 つまらない。

 今日はホワイトクリスマス。
 だけれど雪は弱まってきた。だんだん暗くなっていく。
 次第に肌寒くなってきた。
 雪は弱くなっているのに。
 ずっと外に出ているからか。
 商店街の端にやってきた。

 目の前に広がる道路は、なんだか寂しい。どうして。
 どうして、こんなにもぼやけて白いのだろう。
 雪はやんでいた。
 だけれどホワイトクリスマス。
 視界の白とともに、寒さが胸に込みあがってきた。
 私は走りたかった。いつかの記憶みたいに、鬱憤もなにも発散してくれるあの走りに。
 走らなかった。
 そのまま真っ直ぐ歩くことにした。
 車は一台も走っていなかった。だって今日はクリスマス。
 みんな忙しい。幸せに忙しいクリスマス。

 私はそんなに、罪深い言葉を使っただろうか。
 ブルースは今頃、女の子に囲まれて楽しく騒いでいるんだろうね。
 これは間違いだった。実際は、たった一人の女子と、二人きりだった。
 リンがこれを知ったら、どう思うだろう。
 またチキンを投げてくるだろうか。
 それともわっと泣き出して、耳たぶまで真っ赤にするだろうか。
 どっちもありそう。面白そう。
 リンの部屋に戻ろう。

3

 私は後悔した。
 分断された境界線より先に、どうしても行けなくなっていたからだ。
 あの店。
 暗い店。
 そこまで来て、そこから先には行けなかった。
 ぽっかりと空いた穴のように。
 窪んだ口が闇を飲み込んだみたいに。

 私はこの店を恨んだ。
 なに、この店。こんなの、店じゃないよ。
 機能しない店。
 暗い。
 闇。
 通行人が私を追い抜かした。
 つまらない。

 渡りたくなかった。
 恐怖はまったく感じない。
 ただ、渡りなくない。
 今日はホワイトクリスマス。
 だけれどここは、真っ暗の。
 ここだけブラッククリスマス。
 しけた境界線。
 この店を通り過ぎれば、リンの部屋までもうすぐだ。
 チキンを投げてくる。
 それを今度もかわしてみせる。
 でも渡りたくなった。
 越えたくなかった。

 断絶。
 ここから先、私の国じゃありませーん。
 クリスマス。
 つまらなス。
 なんなの。
 出てって! そういうことなの?
 今日はホワイトクリスマス。
 今日はブラッククリスマス?

4

 十二時を過ぎても装飾が解除されることはない。
 ひんやりとした夜は、溶かさずに飲み込むと凍え死ぬ。
 意味不明な散文。
 知らないまま変わっていった認識。
 私はリンが現れないかと期待した。
 ブルースでもいい。
 誰かここに来てはくれないかと思った。
 それと同時に、本当に来たら拒む自分が想像できた。
 このまま行方不明になってしまおうかと思った。
 方法は分からない。けれど今ならできると思った。
 なぜなら今日は、クリスマスなのだから。

 サンタさん、私にプレゼントをください。
 なにが欲しいのかい?
 オレンジジュースを。ひんやり冷えた、美味しいオレンジジュースを。
 財布を忘れてしまったね。
 ええ、忘れてしまったの。
 ならば取りに行けばいいだろう?
 でもどうやって。

 黒い線は、次第に光を取り戻しつつあった。
 シャッターの中から声が聞こえたのだ。
 でもそれは幻覚だった。
 そう思い込むことにした。
 暗い店。閉じた店。
 そこに人がいては、興醒めだ。
 つまらない。
 それはイヤだ。
 喉が渇いた。
 寒い。

 私は自分の言葉を思い出そうとした。
 なぜリンを怒らせたのか思い出そうとした。
 思い出した。
 思い出せないことにした。
 つまらない。
 渡りたくない。

5

 リンとブルースと私、マゼンダ。
 三人だけで一緒に遊ぶこともあったけれど、大抵はそれ以上の人数だった。
 あるいは、リンと私の二人きりだったほうが多かったんだと思う。
 はぐれもの。
 自覚はあった。リンはどうだったか分からないけれど、私たちは確かに、教室の中で浮いていた。
 歪んだ時計の絵みたいに、はぐれていた。
 ブルースは莫迦。
 莫迦な人。
 あたまがわるい。せいせきはいいけど。
 ブルースはクラスの状況というものを知らない。
 知っても気にしない。
 おばかさん。
 つまらない?
 つまる。
 誰とでも仲が良い。
 リンとだって。
 だから。

 暗い。暗い。断絶。分断。どう言えばいい? 渡れない。
 この先は本当に続いてる? 幻想ではない?
 どうして言い切れるの。
 怖い怖い怖い。すぐ先に装飾。
 今日はホワイトクリスマス。
 忘れちゃいけない。
 今日はホワイトクリスマス。
 渡りたい渡りたい渡りたい。
 怖い怖い怖い。
 どうして。

 怒鳴り声。
 ばいばい。
 つまらない。
 どうして言い切れるの。
 どうして笑っていられるの。
 今日はホワイトクリスマス。
 だけど私は。
 今日はブラッククリスマス。

6

 私は一旦、その店を離れることにした。
 ここにいても進展はない。
 本当に、店には誰もいないようだった。
 あの気配は、本当に勘違いだったようだ。
 喉が渇いた。
 どこか無料で飲むところはないだろうか。
 ないだろうね。
 あるわけがない。
 今日はクリスマス。
 奮発しちゃおう!
 財布がない。

 商店街を抜けて、人の多いところへ。
 人の多いところ。
 ああ。あああ。
 つまらない。つまらない。つまらない。
 ここにいてはだめだ。だめだ。ここにいてはだめだ。
 喉が渇いた。
 雪がまたぽつぽつ。白くない。
 それでもホワイトクリスマス。
 雪が降ったらホワイトなんだよ。
 へぇそうなんだぁ。
 ひとりごと。
 口には出してない。
 空は暗い。
 星もどっかにいっちゃった。
 ここは明るくて。
 商店街よりずっと明るくて。
 なにこれ。

 ぽつぽつ。
 だんだん大きくなっていく。
 アスファルトに溶ける。
 みえなくなる。
 つまらない。

 ブルースがいた。

7

 よっ。マゼンダ、また会ったな。
 なにしてんの。さっきの子は?
 ああ、あいつ? あれは妹だよ。プレゼント選ばされてたんだ。
 へえ、そうなんだ。
 なんだ、つれないな。
 カノジョだと思ってた。
 まじ? あれがぁ?
 ここでなにしてんの。
 なにって……、まあ、ぶらぶらとな。
 妹さんは?
 帰ったよ。もう十二時過ぎてるじゃん?
 ブルースはまだいいんだ。
 おうよ。クリスマスだからな。そういうマゼンダは……ひとりでなにしてんだ?
 ねえ、ブルース。
 うん?
 ジュースおごってよ。

 喉奥に染み渡る味は、じんわり、じんわり。
 ふいに消えることはない。じんわり、じわりと去っていく。
 別れを惜しむ仔犬のように。
 私は生き返った。
 今まさに、私は生気というものを得た。
 うるおい。
 確かな。
 この、うるおい。

 あはは、笑顔だね。
 ブルースが言う。
 私は笑顔だった。オレンジジュース。
 オレンジジュースの台頭。時代を揺るがすオレンジジュース。
 すべてが明瞭に判断できるようになった。
 ブルース。
 ん? なんだい?
 私、分かったんだよ。
 なにをだい?
 私は息を吐いた。
 ――きみがすきなんだ。
 あるいはそれは、甘くて白くて黒い嘘。

8

 空気が引きつっていた。なぜだかは分からない。
 どくんどくんどくん。心音は一定で、緊張というものを知らないらしい。あるいは、適応という二字熟語が分からないのかもしれない。心臓は弱い。どくんどくんどくん。どくんどくんどくん。
 雪はいつの間にかやんでいた。まただ。今日はホワイトクリスマス。それともブラッククリスマス? 分からない。分からない。
 潔癖に還る思考。赤ん坊の笑顔。つまらないわけがない。だけど分からない。判断。明瞭な判断。オレンジジュース。分からない。クリスマス。知らない誰かの祝い事。知ってる私の日常。断片の体験。なに。
 綿菓子のにおい。降りやんだ雪が醸す、どこか懐かしいにおい。視覚が嗅覚となって私に突きつけられる。でも私は共感覚というものを知らない。無知の知。知覚動詞。感じる。第六感。神経細胞。私は今、確かに〈ここ〉にいる。
 聖歌は歌わない。歌ったことがない。私は教会に通わない。なのに、今日はクリスマス。
 知らないまま終わる? 空気はまだ引きつっている。
 ブルースが吹き出した。ぷはっ。はは。あははは。
 私も笑った。退行化した。私の赤い髪は地毛だ。染めてなんかいない。たまに疑われる。面倒。だけど今は――今、ブルースの髪が青い今なら。
 赤はとまれ。青は行ってもいいよ。
 私は君が好きだ。
 とめどなく溢れてくるオモイ。口から吐き出した嘘が真実に変わる。あるいは真実が――嘘だと思っていた真実が事実と化したのか?
 退行化。
(シュルレアリスム)
 なにそれ。
 現実と夢が交じり合った。意図が無意識と結合した。くっついてくっついて。お手々をつなぎましょう。
 なにもかも〈私〉から逸脱した私だった。深層の表出される瞬間だった。
「リンの家に行こう」
 鍵も置き忘れていた。
 友情の崩壊。未来そうなるのだろうか。分からない。なんだろう。ふつふつふつふつ。きみがすき。君が好き。きみがすき。君が――。
 散々を箪笥に押しやって、そんな軽い癖を治して、つまらないわけがない。
 今日はブラッククリスマス。ブルースは渋い顔をしていた。告白の返事を言うより先に、私が変なことを口走ったからだろう。逃さない。
 どうなるだろう。わくわくわくわく。どくんどくん。クリスマス。
 あの店の前。暗い闇。歩いてゆく。境界線。分断の痕。
 簡単に渡れた。


トップへ戻る短編一覧に戻るテンミリオン二次創作一覧に戻る